10月17日
頌主(しょうしゅ)14日の夜分遅く、無事英国に帰国いたしました。
道中安全のお祈りを有難うございました。心より感謝申し上げます。Hallelujah!
胎児も、イタリアの燦々(さんさん)と降り注ぐ太陽とイタリアの日差しを浴びた果物や野菜が気に入ったのか、日差しを浴びたり、食べる度にクルクルと嬉しそうに動いていました。気温は27-28度と少し高めでしたが、日陰に入るとひんやりと心地よく、そよ風が常に吹いており、最高に有り難いことでした。
前回(2009年)の旅では、空港が雪に閉ざされ、機内で五時間待機したり(現地のホテルに着いたのが翌朝の四時)、夫が尿道結石になり、朝四時に救急車でローマ大学附属病院に運ばれたり、次々に予期せぬ出来事に襲われながらも、主に守られ、切り抜けることのできた道中でした。
今回は、日本行きの代わりの休暇ということで、ゆっくりと過ごしました。過去に訪れた所、人混みは避け、Ostia Antica やTrajan Markt、 Villa Farnesina などローマの遺跡を訪れました。
また、日曜にはGesu教会(イエズス会の母体教会)を訪れ、聖餐式はカトリックの規則に従って拝受は控えましたが、各地から訪れた修道士・修道尼の皆さん、道中の信者さんや旅行者の方々と平和の挨拶を交わし、主の御名における兄弟姉妹が世界中におられることを心強く、嬉しく思いました。
Santa Maria Trastevere は前回葬儀の最中だったため、今回再訪しました。主イエスが私たちの罪の贖いのために成し遂げてくださったこと、
“Immanuel/Emanuel(The LORD is besides us)”という言葉に思いを巡らせながら、教会内のビザンチンモザイクを見て回りました。
ローマ訪問も3度目となりましたが、フォロ・ロマーノ(古代ローマの都心)や様々な古代ローマの遺跡・慣習の名残を目の当たりにして、人間の一生の短さ・儚(はかな)さ、同時に一日一日を懸命に楽しみながら生きていくことの大切さ
Carpe Diem:ラテン語「今を楽しめ」を、何度も何度も諭され、帰国の途に着きました。
また対照的に、聖書の御言葉は永遠に変わることがないこと、主の贖いを信じる者に主がお約束くださった「永遠の生命」が儚い人生に慰めと真(まこと)の喜びを与えてくださることに、あらためて感謝する旅となりました。
Jewish Ghetto(ナチスが設けた強制収容所も含めたユダヤ人強制居住区域)も訪れましたが、残念ながらSukkah(仮庵の祭りのために一時的に設置される簡易小屋)は見られませんでした。
1555年に法王の命令で、常に氾濫(はんらん)に脅かされるティベル川岸のこの地域に押しやられたユダヤ人たちは、さまざまな迫害を乗り越え、生き抜いてきました。皮肉にもこのGhetto地域は現在最も旅行者に珍重され、市内中心部で最も家賃の高い地域に発展したそうです。
日本もだいぶ秋めいてきた頃でしょうか。秋の味覚を堪能(たんのう)され、お元気にご活躍くださいませ。
皆さまの上に、主の御守りと、豊かな祝福がありますように。
Love in Christ,
Y
聖書の言葉、豆知識「インマヌエル」
イザヤ書8:7-8
「その広げた翼はあなたの国(ユダ)の幅いっぱいに広がる。しかし、インマヌエル」
(8節後半部、NIV)
鷹のような勢いで迫り来るアッシリヤ勢に南ユダ王国は、洪水にたとえれば「首」まで脅かされるが、しかし、「インマヌエル(Immanuel/Emanuel)」。神がともにおられるので、崩壊寸前に守られるというイザヤの預言。
続く9、10節で、「神がともにおられる」という名の御子が与えられるというしるしの与えられたダビデの血筋のユダ王国が完全な破壊、絶滅からは守られることが、さらに預言されている。
実際、アッシリヤ王セナケリブは、701BCEにユダを侵略したとき、洪水が猛スピードで全土に広がるように、またたく間にユダの全都市を陥落させたが、エルサレムは落とすことができなかった。
(詳細は『一人で学べるイザヤ書』p.47-48)
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