多くの人々を魅了し、イスラエルをはじめ全世界制覇を狙う「アッシリヤ人」とは
昨今、シリヤとイラク、シナイ半島にイスラム教カリフ統治を宣言したイスラム過激派組織「イスラム国」が、インターネットを用いてアラブの若者だけでなく、世界中の若者にアラーの神の「聖戦」に加わるようにと、巧みに宣伝し、日本にもその志願者がいたことが明るみに出されましたが、中東、北アフリカを中心に、多くの若者たちの心をとりこにしているといいます。現在「イスラム国」が支配している地域は、フランス語で太陽の意の「レバント」と呼ばれた一帯ですが、その歴史をさかのぼると非常に興味深いことが明らかになります...
「人の子よ。同じ母の娘である、ふたりの女がいた…その名は、姉はオホラ、妹はオホリバで、ふたりはわたしのものとなり、息子や娘たちを産んだ。その名のオホラはサマリヤのこと、オホリバはエルサレムのことである。オホラは、わたしのものであったのに、姦通し、その恋人、隣のアッシリヤ人を恋い慕った。彼らは、青色の衣を着た総督や長官で、すべて麗しい若い男たちであり、馬に乗る騎兵であった。彼女は彼らと姦通した…彼女はエジプト以来の淫行をやめようとはしなかった…それでわたしは、彼女が恋い慕う恋人たちの手、アッシリヤ人の手に彼女を渡した…こうして、彼女にさばきが下され、彼女は女たちの語りぐさとなった。
妹のオホリバはこれを見たが、姉よりいっそう恋情を腐らせ、その淫行は姉の淫行よりひどかった。彼女は隣のアッシリヤ人の総督や長官を恋い慕った…彼女は淫行を増し加え、壁に彫られた人々、朱で描かれているカルデヤ人の肖像を見た。それらは腰に帯を締め、頭には垂れるほどのターバンをつけ、みな侍従のように見え、彼らの出生地カルデヤのバビロン人の姿をしていた。彼女はそれを一目見ると、彼らを恋い慕い、使者たちをカルデヤの彼らのもとに遣わした。バビロン人は、彼女のもとに来て、恋の床につき、彼女を情欲で汚した…
それゆえ、オホリバよ。神である主はこう仰せられる。見よ。わたしは、あなたの心がすでに離れ去ったあなたの恋人たちを駆り立ててあなたを攻めさせ、四方からあなたを攻めによこす…わたしが彼らにさばきを委ねるので、彼らは自分たちのさばきに従ってあなたをさばく…彼らは怒って、あなたを罰し、あなたの鼻と耳とを切り取り、残りの者を剣で切り倒す。彼らはあなたの息子や娘たちを連れ去り、残りの者は火で焼きつくされる。
…これらのことがなされるのは、あなたが異邦の民を慕って姦淫をし、彼らの偶像であなたの身を汚したからである。あなたが姉の道を歩んだので、わたしは彼女の杯をあなたの手にも渡す。エゼキエル書23:2-31
神の視点から背信のイスラエル史を描き、裁きを宣告しているエゼキエル書20-24章から今月は23章を考察することにしましょう。預言者エゼキエルは、私情を二の次にして、背信の民、同胞に神命の重大さを象徴的行為で訴えましたが、神の憤りは、背信の民に対して恐ろしい懲らしめをもはや避けることができないところにまで達していました。エゼキエルは、神命を侮る民と無駄な口論をしないで、神のメッセージだけを告げる役割に徹することができるように、口がきけない状態に置かれていました。神は
「あなたの舌を上あごにつかせるので、あなたは話せなくなり、彼らを責めることができなくなる。彼らが反逆の家だからだ。しかし、わたしは、あなたと語るときあなたの口を開く…聞く者には聞かせ、聞かない者には聞かせるな」(エゼキエル書3:26-27)と言われ、エゼキエルは、エルサレム陥落、神殿崩壊が現実となるまでの間、神が直接語られた言葉だけを民に告げ、黙々と象徴的行為で神の言葉を自ら実践することによって、反逆の民イスラエルにメッセージを伝えたのでした。その間に、聖霊に導かれて、包囲中のエルサレムを訪れ、超自然的にエルサレム神殿の中で密かに行われていた民の指導者の背信行為を覗き見る特異な体験も、エゼキエルには許されたのでした。超自然的な現象を鮮明に描写することができたエゼキエルの文筆の才は、冒頭に引用した23章にも発揮されています。
ここでは、首都エルサレムに代表される南ユダ王国の背信と、一世紀以上も前にアッシリヤによって滅びた、サマリヤを首都とした北イスラエル王国の背信とが、オホリバとオホラの霊的姦淫として見事に描写されています。オホラ、オホリバの名はともにカナンの地に満ちていた異教神崇拝の場、「高き所」の女性形で、これらの名自体にこの寓話の趣旨が反映されています。神ヤーウェを忘れ、カナン人の神々、偶像崇拝に陥ったオホラは、アッシリヤやエジプトにこびへつらい、同盟を結び、他方で、オホリバは、それだけでは飽き足らず、バビロンにも触手を伸ばし、同盟を結んだのでした。諸外国との同盟にうつつを抜かすということは、真の神ヤーウェに平安を求めるのではなく、この世の富国、強国に依存する迎合的国家体制を安全の拠り所としたということで、偶像崇拝に加え、紛れもないヤーウェへの裏切り行為でした。
オホリバの背信のおぞましさは、壁画、肖像画、目に見た異国情緒のあるもの何にでも惹かれ、理不尽に恋情を募らせていく過程の描写で、実に迫真に迫っています。ユダの王マナセはアシュラ像を神殿に安置し、アッシリヤ式偶像崇拝を取り入れましたが、一時的に、善王ヨシヤの宗教改革により取り除かれたものの、この異端はエルサレム神殿が陥落するまで、ユダに根づいたのでした。「青」はアッシリヤ人、「朱」はカルデヤ人特有の色で、迎合、おもねりでうまく世渡りしたユダの王エホヤキンは家の高殿を朱で塗ったのでした。ゆったりと流れるような多彩な衣を着、スカーフ、帯、ターバンを好んで身に着け、階級、位によって異なった装飾品で優雅に装っていたバビロン人の騎馬兵や戦車を操る武勇な姿は、ユダの民にとっては理想的な援護者に見えたのでした。
しかし、ユダが次から次へと相手を変え、淫行を重ねた恋人たちを、神は、ユダを打ち、懲らしめる道具として用い、ユダは慕いあこがれた国々によって滅ぼされると、宣言されたのでした。ユダの王たちは、バビロンに依存するか、エジプトに依存するかで揺れ動いていましたが、ユダ王国陥落に至る十四年間はエジプト志向に傾き、バビロンへの服従を四十年余に亘って告げたエレミヤの預言を無視し、バビロンに盾つく政策を採ったのでした。エホヤキム王は601BCE 、バビロンがエジプト攻撃に失敗した直後、バビロンに謀反を起こし、エジプトの上辺だけの助けの約束にしがみつきましたが、ユダ最後の王ゼデキヤが588BCEにバビロンに謀反を起こしたのも、エジプトの援助を当てにしてのことでした。しかし、このことがバビロン王ネブカデネザルを激怒させ、第三次エルサレム包囲を招き、586BCE、エルサレムは陥落したのです。エルサレムにも、サマリヤと同じ「杯」を飲む、すなわち、国家を失うという裁きが下ったのでした。「鼻と耳」に飾り物をつけ美しく装うことは、古代の近東の婦人たちのならわしでしたが、飾り物で一番美しく飾られるべき部分が切りとられるという過酷な懲罰は、近東諸国では、姦淫の罪に適用されたものでした。エゼキエルは、ユダに霊的姦淫に対する懲罰が下ることを、このように寓意的に予告、警告したのでした。
エゼキエルがオホラやオホリバを通して鮮明に描写した、人が未知の世界、異国風、新奇なものに惹かれ、理不尽に恋情を募らせていく過程の背後には、明らかに神への反逆を後ろ盾する悪魔的なそそのかし、誘惑の霊が潜んでいます。真の神から離れるとき、あるいは、霊的目くらまし状態にあるとき、どの領域であれ、現状に不満、失望を抱いている人は、何か達成感の得られるもの探求へと駆り立てられていきます。とくに宗教面において、陶酔感を味わえるような儀式、宗教活動に没頭することによって、実際は自身の背信から生じている不安、恐れ、罪悪感を紛らそうとする試みは、反逆のイスラエル史で繰り返されてきたことでした。聖書は、世の終わりに、全人類がこのような欺瞞におとしめられることを警告しています。黙示録の書は、旧約の預言者たちの警告と異口同音に、「反キリスト」なる世界的独裁者の到来を明確に告げていますが、真の神を拒む人々は、理不尽にその体制に駆り立てられていくことになるのです。
昨今、シリヤとイラク、シナイ半島にイスラム教カリフ統治を宣言したイスラム過激派組織「イスラム国」が、インターネットを用いてアラブの若者だけでなく、世界中の若者にアラーの神の「聖戦」に加わるようにと、巧みに宣伝し、日本にもその志願者がいたことが明るみに出されましたが、中東、北アフリカを中心に、多くの若者たちの心をとりこにしているといいます。今日、世界的に若者たちの間で、武器を取り、直接軍事行動に携わることを美化、英雄化する恐ろしい傾向が広がっており、エゼキエルのこの寓話は、戦争の恐ろしさを知らない世代の安易な戦争傾倒への警告としても読み取れるように思います。寓話では、幻想に迷い込んだイスラエルもユダも警告を聞き入れなかったことにより、恐ろしい裁きの「杯」、―国家滅亡、捕囚― を受けなければならないことが宣告されたのでしたが、実際、そのことは721BCEにアッシリヤ勢によるサマリヤ陥落、586BCEにバビロン勢によるエルサレム陥落で現実のこととなったのでした。
現在「イスラム国」が支配している地域は、フランス語で太陽の意の「レバント」と呼ばれた一帯ですが、その歴史をさかのぼると非常に興味深いことが明らかになります。レバントは第一次世界大戦中に結ばれたサイクス・ピコ協定後、1918年に英国とフランスの委任統治下に置かれました。それ以前はオスマントルコによるほぼ千年間の支配、それ以前の三百年間はアラブによるイスラム教カリフ統治、それ以前の二百七十年間はビザンチンとササン朝ペルシャ、それ以前は、ローマ、ギリシャ、ペルシャ、バビロン、アッシリヤの順にさかのぼって支配されてきたのでした。ノアの洪水以降、主都ニネベが612BCEに陥落するまでその地を支配したのはアッシリヤで、今日に至るまで諸国民間の戦闘、興亡がひき続いているのです。
バベル(バビロン)、アッシリヤの首都ニネベを含む世界最初の都市国家を設立した専制君主ニムロデは、反キリストのひな型としてよく言及されますが、イザヤは、エジプトでイスラエルを抑圧したパロがアッシリヤ人であったと語り、北イスラエル王国を苦しめたベン・ハダデやハザエルはアラム(シリヤ)の王でしたが、732BCEに古代シリヤの首都ダマスコ陥落で、アッシリヤに吸収されたのでした。最初にアッシリヤが支配したこのレバント一帯を統治した指導者たちが歴代イスラエルを抑圧した歴史を聖書は証ししていますが、168BCEにエルサレム神殿に偶像神ゼウスをまつり、豚のささげ物で祭壇を汚したシリヤのセレウコス朝の暴君アンティオカス・エピファネス四世も、反キリストのひな型とみなされている人物です。イザヤはまた、世の終わりの裁きに言及して
「主は…アッシリヤ王の高慢の実、その誇らしげな高ぶりを罰する」(イザヤ書10:12)と預言しています。果たして今日レバントを基地に拡大している「イスラム国」のイスラエル撲滅と世界制覇への動きがこの預言に関わるものかどうかは現時点では分かりませんが、イスラム教徒たちは、長髪で額にKFRの三文字をつけた片目が盲目の若者、疑似メシヤが最初に現れるのがシリヤとイラクの間で、多くの奇蹟を行うがイエス・キリストに殺されると、信じているようです。
暗闇から光を切望する時節がまた巡ってきました。 世の光、イエス・キリストは、人類の救いのため手を差し伸べておられます。 主、イエスを受け入れ、信仰、希望、愛が、 皆様の心に灯される時節となりますよう お祈りいたします。 |