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第206号:ミカ書5:1-9:今年もクリスマスの時節が近づいてきました

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世の光、イエス・キリストは、人類の救いのため手を差し伸べておられます。
主、イエスを受け入れ、信仰、希望、愛が、
皆様の心に灯される時節となりますようお祈りいたします。

愛の冷え切ったおぞましい事件や、混乱に陥った人々が衝動的に引き起こす大事件が日に日にマスコミをにぎわしている昨今、世の中を明るくし、真の生命を与えるメッセージや行事はこの世に生きる人々、成長の過程にある子どもたちには不可欠です  「パンの家」の意のベツレヘムがひときわ明るい星の下、この世の暗やみのただ中に送りだしたのは、信じるすべての者に「いのちのパン」、永遠の生命をもたらす救い主でした。これがクリスマスのメッセージです!

ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの部族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。それゆえ、産婦が子を産む時まで、彼らはそのままにしておかれる。彼の兄弟のほかの者はイスラエルの子らのもとに帰るようになる。彼は立って、主の力と、彼の神、主の御名の威光によって群れを飼い、彼らは安らかに住まう。今や、彼の威力が地の果てまで及ぶからだ。彼は彼らの平和になろう。
アッシリヤが私たちの国に来て、私たちの宮殿(要塞 )を踏みにじるとき、私たちはこれに対して七人の牧者と八人の指導者を立てる。彼らはアッシリヤの地を剣で、ニムロデの地を抜き身の剣で支配する。アッシリヤが私たちの国に来、私たちの領土に踏み込んで来たとき、彼は、私たちをアッシリヤから救う。そのとき、ヤコブの残りの者は、多くの国々の民のただ中で、主から降りる露、青草に降り注ぐ夕立のようだ。彼らは人に望みをおかず、人の子らに期待をかけない。ヤコブの残りの者は異邦の民の中、多くの国々の民のただ中で、森の獣の中の獅子、羊の群れの中の若い獅子のようだ。通り過ぎては踏みにじり、引き裂いては、一つも、のがさない。あなたの手は勝利で敵に向けて上げられ、あなたの敵はみな、立ち滅ぼされる。
ミカ書5:1-9(青色、ゴシック体表示はNIVの邦訳)

メシヤ預言でよく知られているミカ書のこのくだりは、イスラエルが裁き司(すなわち、王)を絶たれ、国を失う危機にさらされた後、永遠の昔から定められていたイスラエルの真の王メシヤがお生まれになり、地に真の平和の満ちるメシヤの王国が樹立されるまでの長期に亘る遠未来預言を短縮して描写したものです。ベツレヘムのエフラテはユダの部族の中で数えられることもなかった小さな町でしたが、神は人間史の最初からこの町を選び、エフラテ人と結婚したモアブ人ルツを通してひ孫ダビデを誕生させ、ダビデの子ナタンの血筋から人類の救い主イエス・キリストをこの世に送ってくださいました。預言者ミカは、イスラエルが国家離散、迫害、苦難の暗黒の時代を経たあと、神が「産婦」(おそらくマリヤヘの言及)を通してメシヤを送られること、ユダヤ人が敵の攻撃、迫害によって最後まで多くの苦しみを経ること、―この間はちょうど、ヘブル語聖書では語られていない異邦人にも救いがもたらされることになった新約の時代(今日に至るまでの二千年で、教会の時代)になるのですが―、しかし、究極的には、離散していた全イスラエルが再統合され、ユダヤ人メシヤ、イエス・キリストによる神の国が地上に具現することを描いています。ミカの時代の最強の敵は、地上最初の権力者でバビロンをも創設した「ニムロデ」に由来するアッシリヤでしたが、「アッシリヤ」にはイスラエル史におけるすべての敵が象徴されているようです。実際、イスラエルがエジプトに寄留していたとき、イスラエルの民を抑圧したのはアッシリヤ人で、神は預言者たちの時代にも、反逆のイスラエルを懲らしめる「怒りの杖」としてアッシリヤを用いられましたが、世の終わりに登場する反キリストもアッシリヤ人に関連づけられるようです。しかし、そのような屈強な敵勢に立ち向かうために神が備えられるのは、この世の常識を破って「七人の牧者と八人の指導者」、すなわち、神の霊が注がれた霊的指導者です。究極的にメシヤがご介入されることによって、ユダヤ人の大艱難に終止符が打たれるとすれば、ミカはここで、主の再臨によって引き起こされる人間史上最後の戦い「ハルマゲドンの戦い」を預言したのかもしれません。主ご自身と、主を信頼し、神の霊の武具で戦う戦士たちによって、神の敵、神の民ユダヤ人の敵はすべて滅ぼされ、ついに地上に真の平和がもたらされることになります。

「羊の群れのやぐら」とも呼ばれたベツレヘム・エフラテはダビデの誕生の地で、エルサレム神殿に捧げる羊の群れを養い、検閲する放牧地のある、羊飼いの本拠地でした。生まれた羊は「布」にくるまれるのが習わしでしたから、家畜小屋で生まれ、布でくるまれ、ベツレヘムの羊飼いによってご降誕を祝われたキリストは、まさに神殿に捧げられることになる完璧な子羊誕生を象徴すると同時に、完璧な神の羊飼い、「大牧者」誕生を象徴するものでした。後世、紀元前四年ごろ、東方からの博士たち(マギ)が、当時王位を買収で獲得し、ローマ帝国の認可を受けてユダヤ人の王と称していたエドム人ヘロデにユダヤ人の王誕生について尋ねたとき、不安になったヘロデがその生誕地はどこかと聞き返し、マギが引用したのがこのミカの預言「ユダのベツレヘム」でした。暗闇から光を切望する時節がまた巡ってきました。

ユダヤ人の王の誕生を星の動きから知り、エルサレムにやって来たマギは、名前がカスパル、メルキオル、バルタザルと憶測され、ノアの三人の息子シェム(アジア)、ハム(アフリカ)、ヤペテ(ヨーロッパ)、あるいは、アラビア王、ペルシャ王、インド王を象徴するという様々な説が六世紀以降定着したようですが、実際の正体は「マギの長」、ちょうどダニエルがバビロンで与えられた「呪法師の長」という称号に該当する地位を指すもののようです。「ペルシャの博士」とはミデヤン人の祭司制度下での位で、カルデヤ人の「バビロンの博士」がよく詐欺師とみなされていたのに対し、前者は、メディヤの法廷で夢の解き明かしの専門家と認められ、その夢占いの知恵、知識はダリヨス王によってペルシャの国教として樹立されたのでした。ペルシャ帝国でのこのマギの高い地位確立、―祭司権、政治的統治権を用い、王を選択、指名する絶対権も有し、まさに宗教と政治の結託の様相を呈した―には、バビロン、メディヤ・ペルシャ、ペルシャ帝国の四人の王に忠実に仕え、イスラエルの神の知恵を分かったに違いないダニエルの影響が考えられるのです。ダニエルの時代以降、ペルシャとユダヤ人国家はこのマギを通して関連を深め、マギの合成宗教に、異端化されたとはいえ、一神教、一人の創造者、世襲の祭司制度、血のいけにえの儀式を通して神と人との仲介をとり持った祭司の重要な役割、占いを通して(レビ人の祭司がウリム、トンミムを用いるように)神に伺いを立てる祭司の知恵への依存、聖さと汚れの概念など、イスラエルのヤーウェ信仰との共通点が見られる理由はこのように歴史的に説明されるのです。明らかなように、マギは当初は、ちまたで間違って伝えられているように、ゾロアスター教の信奉者でも占星術者でもなかったのです。

王指名権を持ち政治的影響力を持っていたペルシャのマギがメシヤ預言を利用して、自分たちに都合のよい新しい王朝を樹立しようと動機づけられたことは十分考えられることで、ヘロデ支配の時代の後半期にエルサレムに突如として現れたのは、おそらく騎兵隊に護衛されてのこのマギの豪華な行列で、ヘロデの治世中ライバル関係にあったローマとパルティアの二大帝国に挟まれた緩衝地帯イスラエルの王座をかろうじて維持していた当時のヘロデにとっては、パルティア軍のローマ管轄地帯への領土侵犯の可能性をも疑わせる脅威でした。その出現にヘロデが非常に警戒、恐怖をなしたのはこの政治的背景のゆえで、そのうえ、ユダヤ人の王誕生の知らせは、エドム人ヘロデには悪夢でした。マタイ2章から、マギの動向をたどることができますが、メシヤ誕生を告げる「星の出現の時間」は明らかにこの時点より一年以上前に起こったと思われ、マギはそれに導かれて旅をし、ベツレヘムに現れたのでした。キリストがご降誕されてから一年以上経ったある日、このベツレヘムの星がマリヤ、ヨセフ、幼子が移り住んでいた家まで導き、そこでマギは神性を象徴する「黄金」、祭司職を象徴する「乳香」、幼子の死を象徴する「没薬」を贈り物としてささげ、救い主イエス・キリストを礼拝したのでした。その後、マギがヘロデには報告せず、東の自分の国へ帰ったことを知ったヘロデは、メシヤの生まれた日を割り出して、「ベツレヘムと近辺の二歳以下の男の子」を虐殺することを家来に命じたのでした。

マタイとは違った観点から、別の福音著者ルカは、遠方からやってきたマギよりもはるか先に、キリストがお生まれになったその夜、ベツレヘム近辺の放牧地で羊の群れを飼っていた羊飼いたちが、御使いと天の大軍勢の賛美を聞き、飼い葉おけに寝ておられた御子を探しあてて礼拝したことを告げています。パレスチナで羊飼いが野宿をするのは晩秋までであることから、キリストがお生まれになったのは真冬ではあり得ず、そのほかの多くの理由からも今日では、伝統的なクリスマスの日は異端崇拝の祝祭日でこそあれ、キリストのご降誕日でないことは明らかになっていますが、マタイ、ルカはじめ、諸預言書の記録、歴史的時代背景を考慮しますと、キリストのご降誕は紀元前4~6年の秋、おそらくイスラエルの主の例祭のうちの最後の祭り「仮庵の祭り」(九月末から十月初)の時期で、羊飼いたちは生まれたばかりのキリストを礼拝したと思われます。その後、ヨセフ、マリヤ、幼子イエスはベツレヘムのどこかの家を借りて住み、キリストが一歳を過ぎたころ、東方からのマギがエルサレムのヘロデを訪ね、メシヤ誕生の伺いを立てたことが考えられます。予期しない知らせにヘロデは大変動揺し、大慌てで星の現れた時期にさかのぼり、ベツレヘム中の男子誕生の情報調査に取りかかったに違いありません。そのままエルサレムからさらに旅を続けたマギは、ベツレヘムで星がその上に留まった家を探しあて、メシヤを礼拝したのでした。おそらく、この日が、伝統的にイエス・キリストの誕生日とみなされてきた十二月二十五日、クリスマスで、マギがキリストに贈り物をささげ、喜びを表したように、人々の間に、キリストのご降誕を祝う贈り物をお互いに贈り合い、あるいは、貧しい人たちを顧みる習慣が定着したことが考えられます。

クリスマスほど、この世の人たちに大きく受け入れられている祝祭日はほかになく、福音に耳を傾け、教会の諸行事に参加し、礼拝に参加することが一般の人々にとって抵抗なくできるこの時期を、神が備えてくださった福音宣教の「とき」として活用することはむしろ妥当で、異端への迎合として捉えるべきではないというのが大方のクリスチャンの意見ではないかと思います。愛の冷えきったおぞましい事件や、混乱に陥った人々が衝動的に引き起こす大事件が日に日にマスコミをにぎわしている昨今、世の中を明るくし、真の生命を与えるメッセージや行事はこの世に生きる人々、成長の過程にある子どもたちには不可欠です。「パンの家」の意のベツレヘムがひときわ明るい星の下、この世の暗やみのただ中に送りだしたのは、信じるすべての者に「いのちのパン」、永遠の生命をもたらす救い主でした。これがクリスマスのメッセージです。今年のクリスマスこそ、子どもたちに真の夢、希望を与え、愛、喜び、感謝に満ちた新生、画期的な霊的覚醒を日本にもたらしてほしいものです。