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第261号  アモス書3:1-8 

恐ろしい災い… それは主が下されるのではないだろうか?

町を恐怖に陥れるすべての災い、―天災、人災― の背後には、人の咎に対し裁きを下される神がおられる... 災いは主がもたらされ... 預言者は、神から示された明らかな動機があるから、警告を発せずにはおられない...

イスラエルの子らよ。主があなたがた、すなわちわたしがエジプトの地から連れ上ったすべての氏族について言った、このことばを聞け。わたしは地上のすべての部族の中から、あなたがただけを選び出した。それゆえ、わたしはあなたがたのすべての咎をあなたがたに報いる。ふたりの者は、仲がよくないのに、いっしょに歩くだろうか。獅子は、獲物がないのに、森の中でほえるだろうか。若い獅子は、何も捕らえないのに、そのほら穴から叫ぶだろうか。鳥は、わながかけられないのに、地の鳥網にかかるだろうか。鳥網は、何も捕らえないのに、地からはね上がるだろうか。町で角笛が鳴ったら、民は驚かないだろうか。町にわざわいが起これば、それは主が下されるのではないだろうか。まことに、神である主は、そのはかりごとを、ご自分のしもべ、預言者たちに示さないでは、何事もなさらない。獅子がほえる。だれが恐れないだろう。神である主が語られる。だれが預言しないでいられよう。     
アモス書3:1-8

南ユダ王国テコアの農夫であり牧者であったアモスは神から召名(召命)を受け、北イスラエル王国で預言のミニストリーに従事していました。この文脈で神はアモスに、エジプトから連れ出され、神ヤーウェに贖われた全イスラエルに向けて語るようにと命じられました。
エジプトでの隷属下から救い出されたイスラエルと神との関係は特別で、ヘブル語(旧約)聖書では、婚姻の契約を結んだ妻と夫の関係で描写されています。冒頭に引用したアモス書3章2節の邦訳の「あなたがただけを選び出した」はヘブル語聖書では「あなたがただけを知った」で、神の民イスラエルは、神による贖いと同時に、神との特別な関係の特権にあずかったのでした。ですから、妻が夫に不忠実であれば、責任が問われるように、ヤーウェに対しイスラエルが不忠実、不従順であれば、その咎に対して民の上に必然的に報いが下ることになるのです。

預言者アモスはまず、神に選ばれ、特権にあずかった者は多くを要求されることを、当時神の御旨に逆らって掟から遠く離れていたイスラエルの民に訴え、思い起こさせた後、3節から6節にかけて記されているように、七つの疑問を投げかけました。ここでアモスは民に、ただ裁きを宣告するのではなく、見事な構文によって、「今、神との正しい関係に立ち返るように」と訴えています。3節の「仲がよくない」は、「互いに平和の関係にない」の意で、まずアモスは、神はご自分に同意しない、御旨を行わないイスラエルとともに歩むことをもはやなさらないと、民に訴えました。続く三節で、二つずつの疑問を浴びせることでアモスが試みたのは、物事が起こるには原因があること、すなわち、この世の事象には因果関係があることを民に思い起こさせることでした。

4節、5節では、獅子も若獅子も目指す獲物を見つけなければほえることはないし、獲物を捕獲しなければ、唸ることもない、同様に、鳥は仕掛けられていた罠におびき寄せられて鳥網に近づくのであり、鳥網が作動して地からはね上がるのは、鳥が引っかかったからであるとの理屈を通して、アモスは当時のイスラエルの霊的に堕落した状態をあばいています。それは、略奪者の獅子はまさに「略奪者なる神」のことで、町を恐怖に陥れるすべての災い、―天災、人災― の背後には、人の咎に対し裁きを下される神がおられる、犠牲者の鳥は「神の裁きの罠にかかったイスラエル」のことで、イスラエルは神を離れ、自ら選んだ堕落の道におびき寄せられ、滅びへと急き立てられている、ということでした。

『申命記』28章には、契約の民が神の御旨に従わなければどうなるかが詳細に記されていますが、アモスをはじめ旧約の預言者たちは、神の民であることに安住していた人々に、脅威をもたらすような事象が回りに起こるとき、そこには原因があることを警告する重大な役割を担っていたのでした。6節でアモスは、「町で角笛が鳴ったら、民は驚かないだろうか。町にわざわいが起これば、それは主が下されるのではないだろうか」と、そのことを明確に民に訴えています。災いは主がもたらされるのであり、預言者は、神から示された明らかな動機があるから、警告を発せずにはおられないのです。神がなさろうと思っておられることをご自分のしもべに知らせることによって、迫りくる出来事に対処させることは、全聖書に語られています。

7節の邦訳の「そのはかりごとを…示(す)」は、「神の秘義を顕す」、「神との交わりを開く」の意で、預言者エレミヤはエレミヤ書23章で二箇所、「主の会議に連なる」と表現して、同じヘブル語を用いています。神は霊感を与えられた者を「ご自分のしもべ」と呼び、アブラハム、モーセをはじめ旧約の神の預言者たちに、これらの秘密の助言を顕されたのでした。

アモスは3節で、互いに平和の関係にないイスラエルと神との決裂を含蓄する疑問を一つだけ投げかけ、続く4、5、6節のようには、因果関係により引き起こされるもう一つの疑問、―4、5、6節で用いられたパタンに従えば、おそらく「反逆の民に懲らしめが下るのは避けられないのではないだろうか」という疑問― をあえて投げかけませんでしたが、その理由は、7、8節で明らかにされます。
8節でアモスは「獅子がほえる」、すなわち、「神がほえ、咎に対するのろいが民に下る」というように、もはや回避できない裁きを宣告したのはなく、「…神である主が語られる」と、咎に対する究極的な裁きが下る前に、もう一度神の預言者を通して、神は民に悔い改めを迫っておられると、警告したのでした。
8節の「獅子のほえ声」は、裁きではなく「神の預言の声」を引き起こし、アモスがその代弁者として、反逆の民の前に立ったのです。獅子がまだほえている間に、―悔い改めによって取り戻すことができる明るい未来の門戸が開かれている今― 神との正しい関係に立ち返るようにと、アモスは民に、未来を確実にするために「今を正す」ようにと訴えたのでした。
最初から最後までをすべて掌握しておられる神は、人の今の選択が未来を決めることを全聖書を通して明確に語られ、神によって生きる道を選ぶようにと迫っておられます。「神の未来」はすでに決まっているのです。

今日起こっている不可解な事象

アモスの警告に従い、この世の事象には因果関係があること、災いは神がもたらされることをふまえて、現在世界中で起こっている不可解な現象に目を留めることにしましょう。世界中で鳥、魚、動物の大量死が起こっています。2017年6月までの半年間だけでも、259例の大量死が報告され、さらに新たな情報追加の傾向にありますが、そのほとんどの原因は不明のようです。
6月に起こった例を挙げてみますと、米国ではカリフォルニアの海岸に何百体もの海鳥とアシカの死体が上げられ、マサチューセッツの海岸には百羽のカツオドリの死体が打ちあげられ、海洋に繁殖した有毒藻類が原因ではないかと疑われています。また、テキサス州の河道沿いには、延々と、数えきれない大量の魚の死体が打ちあげられ、ミシガン州のデトロイト川沿いには、何百羽もの死んだカモメが昨年は五千羽ほどであったのが、今年はもう一万羽に達していると報道されました。原因は食物と水の奪い合いで、成鳥が若鳥が死ぬまでくちばしでつつくというすさまじい生存競争が起こっているようです。

ロシアでは、湖が死んだ魚で埋め尽くされる異常事態が起こり、湖水が底まで凍ってしまったため、魚が窒息死したものと考えられています。メキシコでは、亀の子の原因不明の大量死が起こり、パキスタンのある村では、家畜四十頭の原因不明の病での突然死、ブラジルでは二年間足らずのうちに、ラグナとウバトゥバとの間の700㎞に亘る海岸沿いに二万三千頭もの動物が死んで発見されました。廃物摂取が主要因ではないかと疑われています。
中国では、漁師が捕獲するのは大量の死んだ魚ばかりという出来事が起こり、海水中の溶存酸素の欠乏による低酸素症が原因ではないかと推測されています。ポルトガルでも、魚の生命を維持するには不十分な酸素量のために魚が窒息死し、大量に河川沿いに打ちあげられる事態が起こっています。イタリア北部の町ボローニャのレノ川では、大量のコイとナマズが死んでいるのが発見され、その量は300㎏にも達したのでした。干ばつが続いているところへ最近の熱波で水温が上昇したことが原因ではないかといわれています。オランダでも大量の魚の死は原因不明のままで、インドでは、近くの河川から漂流する死んだ大量の魚のために、ベンガル湾上のゴパルプル港では、対策に追われているとのことですが、大量死の原因は不明なのです。
6月20日のCBCニュースは、魚が死んで岸に打ち上げられるのは自然死で、自然界の支配の法則による生死でバランスが保たれている、また、魚は淡水の河川で産卵を終えて大海の塩水に戻るとき、急な水温の変化のために死ぬことが多いと報じていました。(http://www.cbc.ca/news/canada/prince-edward-island/pei-dead-fish-beach-1.4168715
果たして、昨今のすべての不可解な出来事を自然現象として片づけることができるのでしょうか。

アリゾナ州の酷暑

米国のアリゾナ州では飛行機の離着陸ができず、プラスチックや郵便箱は溶け、塗料ははげ、自動車のハンドルは鍋つかみで握り、車の中でクッキーが焼けるという大変な酷暑が続いており、フェニクッスでは49℃に達する異常事態です。

イエローストーン公園で引き続く地震活動

また、イエローストーン公園では、6月半ばから地震の頻度が日を追うごとに増しており、公園自体が大マグマ上にあるため、火山噴火が起こると大惨事になると懸念されています。時限爆弾を抱えたようなこの状態を、ある預言者は、まさに地のエネルギー源による脅威は神からのしるしで、過去数十年間地のエネルギーを独占して弱国をしいたげてきた米国とイスラエル人への警告であるとみなしています。
イエローストーンでは、六月半ばから半月の間に千百回もの地震が起こっており、専門家は震度が小さいので超火山の爆発にはならず、大事には至らないとコメントし、静観状態ですが、預言者は、もし爆発が起これば、それは警告が紛れもなく神からのしるしであることを裏づけることになり、もし警告に耳を傾けなければ、取り返しのつかないことになると預言しています。
https://www.youtube.com/watch?v=x5rHtCuk6oU

預言者の語る遠未来預言が神からのものであることの保証に、神がメッセージの直後に、あるいは、ときを経ないで成就する何らかのしるしを与えることによって、その預言の信ぴょう性を明確にされたことが、神のアプローチとして聖書に記されていますが、今日、世界中の動物界、人間社会で、また、太陽の異常活動をはじめ宇宙空間で起こっている現象が神からの警告かどうかは、神の預言者の声に耳を傾け、神への反逆から立ち返るか否かの結果に現われるのです。
神の御旨は、すべての人が神を否定し、自分中心に生きてきた罪を悔い改め、神に立ち返ることですから、アモスやペテロが警告したように、神が憐れみを示してくださっている間に行動を起こさなければならないのです。
「主は…あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです」(ペテロ第二3:9)。

#261: OUR CARING GOD AT WORK EVEN IN THE ASHES

OUR CARING GOD AT WORK EVEN IN THE ASHES

On 14 June a terrible fire broke out in north Kensington, UK in which Grenfell Tower burnt completely. Despite such tragedy, there is yet an amazing story of our living and caring God at work even in the ashes. The following is what happened on the day... 
Surely the arm of the Lord is not too short to save, nor his ear too dull to hear. But your iniquities have separated you from your God; your sins have hidden his face from you, so that he will not hear. For your hands are stained with blood, your fingers with guilt. Your lips have spoken falsely, and your tongue mutters wicked things. No one calls for justice; no one pleads a case with integrity. They rely on empty arguments, they utter lies; they conceive trouble and give birth to evil. They hatch the eggs of vipers and spin a spider’s web. Whoever eats their eggs will die, and when one is broken, an adder is hatched. Their cobwebs are useless for clothing; they cannot cover themselves with what they make. Their deeds are evil deeds, and acts of violence are in their hands. Their feet rush into sin; they are swift to shed innocent blood. They pursue evil schemes; acts of violence mark their ways. The way of peace they do not know; there is no justice in their paths. They have turned them into crooked roads; no one who walks along them will know peace. …
For our offences are many in your sight, and our sins testify against us.
Our offences are ever with us, and we acknowledge our iniquities: rebellion and treachery against the Lord, turning our backs on our God, inciting revolt and oppression, uttering lies our hearts have conceived. So justice is driven back, and righteousness stands at a distance; truth has stumbled in the streets, honesty cannot enter. Truth is nowhere to be found, and whoever shuns evil becomes a prey.      ISAIAH 59:1-15.

Today, a succession of terrible tragedies has been taking place worldwide. Added to man-made disasters, natural disasters such as intense heat, drought, tornado, flood, forest fire, earthquake, strange events, strange weather patterns are happening everywhere. Surely we are now approaching the end times.

At 1 am on 14 June a terrible fire broke out in north Kensington, UK in which Grenfell Tower, a 24 storey tower, containing 120 flats burnt completely. Despite such tragedy, there is yet an amazing story of our living and caring God at work even in the ashes, which really encourages us. The following is what happened on the day at the Tabernacle Christian Centre located in that affected area.

Pastor Derrick…told us how they had opened the church at 2am on the night of the fire, and that people had almost immediately began to come in for refuge and shelter. Soon after that, donations of food and clothing, blankets, items of furniture, etc. began to arrive, so much so that the whole church, the rooms off it, the yard at the front and the garden, were full of donations. People had come from all over the country to give, and some had been divinely directed there; arriving in the area, and not knowing where to go, the Lord had then spoken to them and said, "Go to Tabernacle Christian Centre!". So they had done just that. 

Pastor Derrick also told us that, on the Tuesday (13 June) evening as they were praying and having their Bible study, the Lord broke in and gave a word, which was that they must be prepared, as the Lord was going to bring many people to the church. The fire broke out a few hours later; how this Word has been fulfilled, and still is being! 

The church has seen a steady flow of victims and survivors of the fire, most very traumatised and in a state of shock. They have come alongside each one in love and compassion, giving them food, water, goods and money, and offering a listening ear and prayer, which some have accepted - including Muslims. We are praying that some of the victims will return to attend the services there and turn to the Lord and be saved; may He be their solace (Lines added).

The following from Clifford Hill’s comment explores what the Lord has been revealing to us through continual disasters and tragedies today, which Prophet Isaiah poignantly expressed in the verses above. Not only Christians but also all nations should turn their ears to these warnings.

The TV news showed crowds of people bringing food and clothing and toiletries and a multitude of gifts for the survivors of the inferno. The spontaneous generosity and goodness of the ordinary people of London who immediately sprang into action on behalf of their neighbours was a wonderful reminder that love and goodness are not dead in our nation. People were coming from every part of the multi-ethnic community in Kensington, which was a powerful testimony to the latent goodness of human nature that goes beyond race, colour, class, nationality and every other human distinction.

This outpouring of love and generosity is a true picture of our nature created in the image of God. But we reserve this outpouring for special occasions; we do not carry it over into our everyday lives, where we display our fallen human nature marred by selfishness and corrupted by personal ambition. This gives us a clue to the central problem affecting the nation. Everyone is asking why the nation is in such a mess. The plain and honest answer is that we are a nation under judgment. 

No-one really wants to face this unpleasant truth because Christians who firmly hold to biblical values are scorned and labelled, ‘right-wing’, ‘homophobic’, ‘Islamophobic’ and all the other clichés and invectives invented by secular humanists to try to discredit those who stand firm against the liberalisation of the nation and the rejection of our Judeo-Christian heritage. Sadly, some who call themselves Christians have adopted this language to abuse those who remain true to the Bible. …

Disasters will continue to happen unless we acknowledge that as a nation we have departed from the ways of truth and earnestly seek God’s forgiveness and blessing, which he is more than eager to bestow upon us. We cannot expect the whole nation to understand this situation and to respond rightly: but surely Christians can understand the ways of God! Now is the time for us to steady the nation with the word of the Lord. God’s love has not been withdrawn and never will be, but we have brought this situation upon ourselves. The greatest need today is for the mobilisation of Christians to intercede on behalf of the nation (Lines added).

Mary Jane のミニストリー活動報告:孤島タブラス、ロンブロン伝道 続き

ロンブロンにて

5月4日

写真左上:ロークでの私たちの最初の聖書クラスです。十九人の子どもたちが来ました
     私はクレヨンとクラスに必要な物を持って行きました
写真右上:リクがソパを料理しています
写真下:幾人かは三~五歳の子どもたちで十三~十五歳の子どもたちもいました
    子どもたちはカメラをむけると恥ずかしそうにします

5月5日

聖書クラス二日目です
私たちは子どもたちとダンスをしました。かれらの親たちもダンスに参加しました。
午後、私たちは彼らの家のいくつかを訪問し、家事などを手伝いました

5月6日

ロークでの三日目。聖書クラスの子どもたちは活発、意欲的になりました。
写真右下:八歳になるプラトンという少年は母親が小さい人で、
     彼は大変恥ずかしがり屋で静かな子ですが、書いたり、色塗りが上手です

5月7日

聖書クラスの最終日です
私たちは子どもたちにそれぞれクレヨン、ぬり絵の本、お菓子、砂糖、麺類などをプレゼントしました
さらに三十袋の両親向けのプレゼントを用意しましたが、参加した両親はその半数でした。漁業に忙しく参加できない両親が半数でした。しかしとにかく三十袋のおみやげを手渡しました。

5月8日

早朝、私たちはマニラに帰りました
写真右上:私たちを運んでくれた舟の持ち主、パブリト(七十六歳)と彼の奥さんアンゲリナ(七六歳)が写っています
     私たちはローク滞在中、彼らの家でお世話になりました
写真左下:島々をめぐるパブリトの舟です
写真右下:子どもたちが私たちを見送りに来てくれました

5月9日

マニラに帰る途中、私たちはオディオンガン港で足留めとなりました
ですから、ミンドロ経由のルートで帰ることに変更となりました
写真右上:私たち、伝道チームの仲間です
     左からクララ(ロンブロンでの連絡係)、ジュディー・アン、ヨーベン、リクリクです。
写真下:オディオンガン港では多くの乗船客が、船乗り場の建物内および道路に溢れていました。

帰途のミンドロ経由のルート

ミンドロ経由のルートは次のようです
☆ロークから舟に乗ってローク港に行き、そこからジープニーで一時間かけてオディオンガン港に到着
☆オディオンガン港からスターライト船に乗り、ミンドロ、ロクサス港に到着
☆そこからバン型車(おおいつきトラック)に乗って三時間かけて、カラパン港に行き、さらにそこから、別の船に乗って、バタンガス港
☆そこからさらに三時間バスに乗ってケソン シティーのキュバオへ
☆キュバオから別のバスに乗って、ブラカンあるいはノバリッチズに到着

メアリー・ジェインの手紙 : 2017年5 月17 日

孤島タブラス島ロークでの伝道

フルダミニストリーの皆さま  5月17日(水)

愛をこめてご挨拶します。長らく手紙を書いたり、e-mailをすることができず失礼しました。インターネットショップに行ってインターネットをする充分な時間がなかったのと、私の弟のコンピューターを借りられないことも重なったからです。

四月の第一から第二週にかけて私の右手の感覚が三日ほどなくなり、その後、左肩から左足にかけて痛みが出て、ペンを握ることもドアの取っ手を回すことさえもできなくなってしまいました。病院に行けば、きっと入院となり身動きできなくなるので、私は母の家に癒されるまで滞在しました。
結局、治癒まで十日もかかりました。原因は、三月の伝道所/農園での仕事(耕作、開墾など)がとてもきつく、働きすぎたためだったのではないかと思います。

そのため、この五月になってようやく、かねてから計画していたロンブロン郡のタブラス島に行くことができました。タブラス島は当初行こうと思っていた島とは違うのですが、実は、私はロンブロン郡にそんなに多くの島々があるとは全く知らなかったのです。しかもその島のロークに行くには、定員五人乗りの古びた舟の便があるだけで、私たちの手荷物(贈り物にする古着、食料品など)を乗せることができなかったので、まず最初に、私たちだけが乗って島に行き、折り返して、置いてきた手荷物を別途で運ぶという有様でした。

タブラスのローク港に住む人々は私に次のように語りました。「古着をいただくとか、子どもが聖書の話しを聞くことは初めてです」と。そこにはなぜか新生のキリスト者の教会がありません。多くの男性は毎日ココナッツワインを飲み、酔っ払っています。かたや女性たちはいつも働いています。野菜、貝のような水産物はあるのですが、米、コーヒー、砂糖は不足しています。

二十年ぶりにダバオ部族を訪問予定

この5月20日(土曜日)には、ダバオに行き一週間滞在する予定です。そこでVBS
(夏季休暇聖書学校)のクラスを持つ予定です。そこに住むバガオ部族を私が最初に訪問してから二十年が経過しました。今まで再訪の機会がなかったのですが、そのときがやって来ました。そこへは私とリクが飛行機で行く予定です。以前お話ししたカピズ島には、六月には行きたいと思っています。

牧者ヨシュア・サントスを支援

パンガシナンでの伝道については、この2月に聖書学校を卒業したヨシュア・サントス(二十歳)が、ウルビズトンド、パンガシナンで牧者になる決心をしました。彼が卒業後、私たちは、火曜日にはサワトで聖書クラス、水曜日には祈り会、木曜日にはマラシグイで聖書クラス、金曜日には若者たちとの活動、土曜日には子どもたち対象の音楽伝道、日曜日はウルビズトンドでの礼拝というように毎週、毎月、彼を支援しながら定期的に伝道活動をしています。また私たちは彼の食料用としてトマト、とうがらし、ナスの苗木を植え、お米、オートバイのガソリン代を支払うなど財政支援をしています。

ノセ・タファレング師、アブラでVBSを指導

アブラではノセが4月25~30日、VBSを指導しました。アブラでは最初の聖書クラスです。子どもたちはクラスを大いに楽しみ、数日ではなく一ヶ月くらい続けてほしいというほどでした。来る6月には、ノセたちは大学、高校でのミニストリーを続けます。また彼らは非行歴のある子どもたちへのミニストリーも毎木曜、土曜に引き続き行っています。

有機農園

伝道所の農園についてですが、とうがらし、トマト、ナスの苗木を植えました。またそれらの苗木のいくらかを近所の農家そしてパンガシナンに住む人々にも持っていきました。しかし当地では現在のところ雨が全く降らず、野菜などの成長に悪影響が出始めているため、私たちは雨が降るようにと祈っています。当地の夏は本当に暑く日中47℃にまで気温が上がることがあり、その際、人々は10:00am~3:00pmごろまで外出しないで屋内で過ごすことになります。

家族の救い

私の家族ですが、4月27日、私のいとこが亡くなり、先週の土曜日、私の大好きなおじのイパが熱射病で亡くなりました。五十二歳という若さでした。彼は優しく思いやりのある人で私は悲しくてなりません。神さまが彼に対して憐れみをかけてくださったかどうか、私にはわかりません。
私たちは明日、再びパンガシナンに行こうと思っています。これまで彼らに福音を述べ伝えてきてはいるのですが、彼らが本当に福音を受けたかどうか、私にはわかりません。

日本の皆さまのためにいつもお祈りをしています。日本の人々に福音が伝わりますように、主イエスの光が皆さまの上に輝きますようにお祈りいたします。

多くの愛をこめて
メアリー ジェイン

Mary Jane のミニストリー活動報告:孤島タブラス、ロンブロン伝道 2017年5月3~9日

タブラス、ロンブロン伝道 5月3~9日

タブラス島およびその周辺の地図

(1)ルソン島バタンガス港に至る
(2)伝道後、島からの帰途はミンドロ経由のルート
(3)ここがロークで、ローク港に着いた後、小舟でここへ
(4)オディオンガン港

孤島への経路

ケソン シティーからロークまで
☆ケソン シティーからキュバオまでバスで45分
☆キュバオからバタンガス港までバスに揺られること3~4時間
☆そこからオディオンガン港まで船で8~10時間
☆オディオンガン港からジープニーに乗ってローク港まで1時間30分
☆ローク港からまた舟で1時間30分かけてロークに到着しました

5月3日

写真左上:早朝、私たちはタブラス、ロンブロンのロークに到着しました
写真右上:これがモンテネグロ航路の船室の様子です
写真左下:ローク タブラス ロンブロンの美しい景色です
写真右下:子どもたちが私たちを出迎えてくれました

ローク港から小舟でロークへ

写真左:これがローク港で私たちが乗った舟です
    個人の所有で、荷物を乗せずに最大五人までしか乗船できません
写真中央:船のエンジンです
写真右:グリーンのシャツを着た人(七十六歳)がこの船の所有者で船頭のパブリト・マリアノです。手前左に写っているのは彼の助手ヨーベン(十九歳)で、舟に乗っているのは私です

極めて古い舟でいつもエンジントラブルがあるそうです。私たちの祈りは、いつか、少なくとも十~十五人ぐらい乗れ、手荷物も運べる、もっと大きな舟が与えられるようにということです。どうぞ、ロンブロン地区への伝道のために用いられることができる舟が、与えられるように祈ってください。

フィリピンでは十~十五人乗りの最も安い船賃は80,000~100,000フィリピンペソ(176,000円~220,000円)です。2014年3月、FFNの日本の若者たち(私たちも含めて二十二人)が乗ったと同じ舟の場合は、三十人乗りで、250,000ペソ(550,000円)かかります。ロンブロンにある島々を就航する新しい舟が与えられるように祈ります。
当地では多くの人々が福音を聞いたことがないのです。

Mary Jane のミニストリー活動報告:2017年4月~5月

2017年度VBS(夏季休暇聖書学校)

4月25~29日

タユム、アブラでのVBS(夏季休暇聖書学校)の光景です。アブラにいるノセ伝道師がVBSのクラスを指導しました。アブラの子どもたちにとっては初めての聖書クラスです
子どもたちは聖書クラスでの学習、活動を存分に楽しみました

4月29日

二十七名の子どもたちが参加し、私たちは聖書クラスに必要な物と毎日のスナックを送りました
ノセと二人の彼の友人宣教師たちは、教会のないタユム、アブラの子どもたちのフォローアップを今後も続けていきます

4月30日~5月1日

私は寄付された古着を手洗いしました。汚れたり、湿ったりしていたのがあったからです。
写真右上下:
5月3日、私たちがローク、ロンブロンに着いたとき、人々は古着を喜んでくれました。
ロークのお母さんたちは古着を見に来て、気に入ったものを持ち帰りました

Mary Jane のミニストリー活動報告:2017年2月~3月

ブラカンでの働き

2月28日

2月27日の月曜日から金曜日まで、ブラカンにあるサンイシドロ小学校で子どもたちに食事をふるまいました

子どもたちは、モリンガの葉と卵が入ったお米のおかゆを食べています。毎日メニューを変えて食事を提供しました

ウルビズトンド、パンガシナンでの宣教

2月

写真左上:後ろに立っている白いTシャツの人が二十歳のブラカン出身の牧者ヨシュア・サントスです。彼はウルビズトンド、パンガシナンを拠点として現地そして近隣の町の人々を牧しています。私の母親の両親の家が「家の教会」として使用されています。

私たちは四台の扇風機、マイクロフォンとスタンドを購入しましたが、さらにいくつかの椅子を買う予定です。牧者ヨシュア・サントスは、火曜日から金曜日まで定期的な宣教活動をし、土曜日に礼拝をしています。私たちも彼らを励ましに、また金銭的支援のため定期的に訪問しています。

3月17日

私たちは水田を畑にしました
アブラの少年たちが私と一緒にその作業をしました
七十七個の苗木が到着しました。総購入費用は29,568フィリピンペソ(約65,000円)です
右下写真:トマトが良く育っています

3月20日

サンイシドロ小学校で靴と食料雑貨を配りました
写真右上:サンイシドロ小学校で靴を、牧者エリザベス・カパと一緒に配りました
写真右下:苗木をこれらの袋の中に植えました。袋によって保水されるだけでなく、袋は土壌が流失するのを防ぎます。2,600個の袋を購入しました