Pages - Menu

第244号  ヨエル書3:1-3 

イランで広がっている聖霊降臨現象

初代教会の時代に、キリスト者すべてに降り注がれた聖霊はほぼ二千年経った今日まで降り注がれてきましたが、ヨエルの預言が完全に成就する終末の末期に向けて、時計の分針が秒読み段階に入ったと思われる今日、新たな驚くべき聖霊の注ぎが各地、特に中東で起こり始めている…
その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。
わたしは天と地に、不思議なしるしを現す。血と火と煙の柱である。主の大いなる恐るべき日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。しかし、主の名を呼ぶ者はみな救われる。主が仰せられたように、シオンの山、エルサレムに、のがれる者があるからだ。その生き残った者のうちに、主が呼ばれる者がいる。  ヨエル書2:28-32
見よ。わたしがユダとエルサレムの繁栄を元どおりにする。その日、その時、わたしはすべての国民を集め、彼らをヨシャパテの谷に連れ下り、その所で、彼らがわたしの民、わたしのゆずりの地イスラエルにしたことで彼らをさばく。彼らはわたしの民を諸国の民の間に散らし、わたしの地を自分たちの間で分け取ったからだ。彼らはわたしの民をくじ引きにし、子どもを遊女のために与え、酒のために少女を売って飲んだ。  ヨエル書3:1-3
ヨエル書の上記のくだりは、この世の人間史の終焉から、神ご自身がこの地上にご自分の民のために新しい御国を樹立されるキリストの千年支配の御国に至るまでのときを、ことの起こる順に明確に預言している数少ない箇所です。最初の段落、ヨエル書2:28-32の五節は、ユダヤ教のヘブル語聖書では、その重要性を強調して単独の章を構成、3章になっています。
ヨエルの時代、おそらく九世紀BCEにヨエルが語ったこの預言は、新しい時代を予兆する霊的、物理的現象を描写したものでした。ヨエル書が新約時代のキリスト者に与えた影響は大きく、イザヤ書53章が、キリストの十字架上での死による人類の贖いを理解するうえで鍵となる聖書箇所であるなら、ヨエル書2章の最後の五節は、キリストが弟子たちに約束された来るべき神の霊、聖霊を理解するうえで不可欠な箇所です。

旧約時代は、神の霊は特定の人たちに、特定なとき、特定の役割のために注がれ、ダビデの時代まで聖霊の注ぎは、神の選びの人を画すしるしでした。したがって、イスラエルの王制時代、民の側の責任は、神の選びの人から自分個人のための特別な導きを受けることではなく、聖霊に満たされ、神の言葉を取り次いだこれらの指導者たち、特に預言者のメッセージに従うことでした。ちょうど新約時代、キリストを信じた者たちがキリストの声、教えを神の声、教えとして従ったのと同じでした。しかし、このヨエルの預言通り、また、キリストが約束されたように、聖霊がキリストを信じるすべての人々に注がれるようになった西暦一世紀以降、父の霊、また、キリストの霊の個々人への内住は、キリスト者すべての普遍的なしるしとなったのでした。新約時代、洗礼者ヨハネ、キリスト、弟子たちによって、あふれる福音の「雨」、―ヘブル語の「教え」― は、渇いたユダヤの地に降り注がれ、神の知識「御言葉」と神の祝福がパレスチナ全土に広がったのです。

使徒ペテロは、キリスト昇天直後のイスラエルの例祭「ペンテコステの日」、エルサレムに起こった驚くべき聖霊降臨の出来事、―集まっていた弟子たち各々が、他国の言葉で神のメッセージを語り出した超常現象― を、しるしと不思議と騒音に驚いて集まって来たユダヤ人たちに、このヨエルの預言の成就として説明しました。神の人モーセは、
「主の民がみな、預言者となればよいのに。主が彼らの上にご自分の霊を与えられるとよいのに」(民数記11:39)
と、ヨエルの時代よりはるか前、十五世紀BCEにすでに預言的に願望を言い表していましたが、ヨエルはこのモーセの遠大な願望が実現することを預言し、ペテロは西暦一世紀にそれが成就したと、告げたのでした。エルサレムから始まって全地に福音が宣べ伝えられ、信じる者だれでも等しく聖霊の賜物を受けるとき、各々が今度は御言葉を告げ広める役割を担うようになるのです。
「あなたがたの息子や娘は預言し…しもべにも、はしためにも…」(下線付加)
とヨエルは、この現象が一世代にとどまらず後の世代にまで続くこと、また、対象にはユダヤ人だけでなく異邦人も含まれることを示唆し、普遍的な救いとして預言しています。

古代イスラエルでは、夢は生活の中で重要な役割を果たし、人々は見た夢を分かち合い、解釈するのがならわしでした。夢や夢見る者に対する疑問は、古代はなかったようですが、時代を経て、恍惚状態で、あるいは、人工的な工作をして預言をする偽預言者や偽教師が横行するようになると、夢が偽預言者のしるしとみなされるようにもなりました。
言うまでもなく、イスラエルはどの時代も、他国の占い師や占星術師、口寄せをはじめ、バアルの預言者たち等々、民を惑わす者たちに欠くことはなく、神はご自分のメッセージを、ご自身が召名された真の預言者だけに授けられたのでした。同様に聖書は、イスラエルの族長ヨセフや預言者ダニエルには、夢を見、解き明かす特別な力、賜物を神ご自身が授けられたことを明記しています。

邦訳の「幻」、すなわちビジョンも古代イスラエルでは重んじられ、夢とは違って、疑惑や反発が向けられるようなことはありませんでした。ビジョンのほうは、目覚めているときに与えられ、聖書では「予見者」と呼ばれた人たちに深く関連づけられました。言い換えれば、ビジョンは「神の啓示」のことですが、ヨエルが夢とビジョンを明確に使い分けたかどうかは定かではありません。しかしながら、ヨエルの時代、最も尊ばれた預言の方法は、夢でもビジョンでもなく、「神の言葉」でした。この基準は今日も同じで、神からと主張されるすべてのメッセージの判断基準は、書かれた「神の言葉」、聖書です。

使徒ペテロは、使徒の働き2章で、最初に引用したヨエル書の冒頭の「その後」を、終末論的見地から「終わりの日」に置き換えて、まさにエルサレムで起こった聖霊降臨の出来事は預言の成就であること、神が弟子たちに注がれた聖霊の賜物は「メシヤの時代」を特徴づけるものであることを群衆に告げました。にもかかわらず、ペテロは自身の書簡の中で、
「主の日は、盗人のようにやってきます」(ペテロ第二3:10)
とも言い、「メシヤの時代」がまだ来ていないことを明らかにしています。実際、西暦一世紀のペテロが生きた時代には、ヨエルが続けて預言した太陽や月に超常的な異変が起こる天体現象や地の劇的な異変は起こりませんでした。当然、ヨエル書の預言はすでに成就したのだろうかとの疑問が起こってきますが、ペテロがヨエル書の預言を群衆にどのように導入したかを考察すると、背後で聖霊が働かれた結果、ペテロが解釈を試みたことが見えてきます。
ペテロは、主の例祭のためにエルサレムに集まっていた敬虔なユダヤ人たちを対象にして話し始めながら、ヨエルの預言の中の、対象を「エルサレム」に特定するくだりはあえて引用せず、その代わり、
「この約束は…すべての遠くにいる人々、すなわち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられている」(使徒の働き2:39)
と、対象を全人類に広げ、神の救いが遠未来に及ぶ普遍的なものであることを強調したのでした。興味深いことに、ペテロは、このペンテコステの日の出来事より三十年かそこら後に、中東に散在していたキリストの弟子たちをはじめ、ユダヤ人、異邦人信者のすべてに向けて、
「あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です…あなたがたは、以前は神の民でなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です」(ペテロ第一2:9-10)
と、ヨエルの預言の要旨、―初代教会の世代から未来の世代にかけての、また、民族、種族に関わらず、他文化、他宗教に生きるすべての人たちの救い― をうまく反映させて全人類の救いを語り、キリスト者を励ましたのでした。

かつてはイスラエルにだけ限定して用いられた用語「選ばれた」を、ペテロはここではユダヤ人と異邦人キリスト者の両方に用いています。このように、聖霊から洞察を得たペテロは、終末の時代が、イエス・キリストのご降誕、生涯、死、埋葬、甦り、昇天で始まったこと、すなわち、キリストの初臨が終末の時代の始まりを画し、
「あとの者が先になり、先の者があとになる」
とキリストが語られたように、異邦人の救いがユダヤ人に先行すること、しかし、終末の末期、神の約束の成就を信じ続けたユダヤ人が最後に、キリストをメシヤとして受け入れることによって全員、救われることになると、説いたのでした。ペテロが終末の始まりに焦点を置いて解釈したのに対し、ヨエルは終末の末期のユダヤ人の救いに焦点を置き、
「エルサレム…の生き残った者のうちに、主が呼ばれる者がいる」(下線付加)
と預言しましたが、「主の大いなる恐るべき日」、すなわち、キリストの再臨のとき、キリストを受け入れたこれらのユダヤ人たちは、メシヤの御国で世界的な福音宣教に携わる大きな召名にあずかることになります。初代教会の時代に、キリスト者すべてに降り注がれた聖霊はほぼ二千年経った今日まで降り注がれてきましたが、ヨエルの預言が完全に成就する終末の末期に向けて、時計の分針が秒読み段階に入ったと思われる今日、新たな驚くべき聖霊の注ぎが各地、特に中東で起こり始めているようです。

ユダヤ人キリスト者でジャーナリストのヨエル・ローゼンベルク氏が「イランのビリー・グラハム」と銘打って紹介した、イラン人キリスト者のホルモズ・シャリアト氏がひきおこした聖霊の火は、イランの人々に驚くべき霊の覚醒をもたらし、ヨエルの預言を地で行く超自然現象が広がっています。シーア派の狂信的終末論者の指導者たちが支配するイランで、アメリカとイスラエル撲滅のスローガンを公に掲げてはばからないイランで、アメリカからシャリアト氏が発信する衛星放送を通しての福音宣教を、十五年目の今日、何と80%以上のイラン人が視聴しているとのびっくりするような話が現実に起こっているのです。真理を求めているイランの人々は、紛れもない聖霊の働きで夢やビジョンによってキリストご自身に出会い、キリストを受け入れています。日増しに増えるクリスチャン人口は三~五百万人と見積もられるとのことです。➩この記事をぜひご覧ください。

ヨエルは3章の冒頭で、イスラエルの繁栄が戻されることを預言しています。ユダヤ人のバビロンからの本国帰還という狭義の意味ではなく、世界的規模の広義の復興が遠未来預言として語られているようです。エルサレム近郊のどこかの谷、あるいは、エルサレムからカルメル山に至るまでの谷で、神の裁きが行われ、判決が執行されることから名づけられた「ヨシャパテの谷」では、諸国民に対する裁きが一瞬のうちに下されます。このとき神が裁きをもたらされる理由、判決基準を知ることは重大です。キリストを救い主として受け入れなかったすべての人々に関わることだからです。
「わたしの民(ユダヤ人)を諸国の民の間に散らし」、「わたしの地(イスラエルに与えると約束された聖地)を自分たちの間で分け取(り)」、「わたしの民をくじ引きにし…子どもを…少女を(隷属下に置いた)」、
すなわち、ユダヤ人をどのように取り扱ったかで、裁きが決定されるのです。
今、イランで起こっていることがイスラエルに飛び火するとき、キリストは来られます。そのとき、御国に入れられる者と、裁かれる者との永久の隔離、キリストを拒んだ者の最終目的地、滅びが決定されるのです。

#244:THE PROPHECY OF IRAN BEING A CHRISTIAN NATION IN REALITY

THE PROPHECY OF IRAN BEING A CHRISTIAN NATION IN REALITY

Today in Iran something extraordinary seems to be going on, in that more Iranians are coming to faith in Christ than Israelis, yet Iran’s leadership is preparing to annihilate Israel. ...
This is the word of the LORD that came to Jeremiah the prophet concerning Elam, early in the reign of Zedekiah king of Judah:
This is what the LORD Almighty says:
‘See, I will break the bow of Elam,
the mainstay of their might.
I will bring against Elam the four winds
from the four quarters of heaven;
I will scatter them to the four winds,
and there will not be a nation
where Elam’s exiles do not go.
I will shatter Elam before their foes,
before those who want to kill them;
I will bring disaster on them,
even my fierce anger,’
declares the LORD.
‘I will pursue them with the sword
until I have made an end of them.
I will set my throne in Elam
and destroy her king and officials,’
declares the LORD.
‘Yet I will restore the fortunes of Elam
in days to come,’
declares the LORD.           JEREMIAH 49:34-39.
Prophet Jeremiah predicted the fate of Elam and Ezekiel prophesied the destiny of Persia in Ezk.38. Both ancient Elam and Persia comprise the modern-day Iran. Elam was the son of Shem, whose king Chedorlaomer was a contemporary with Abraham.
Genesis 14:1-17 tells us the story that Abraham who were equipped with self-raised army of over three hundred servants defeated the king’s alliance with four other kings to rescue Lot, his nephew. Elam was located about 320km east of Babylon and traditionally an enemy of Jerusalem.

Today in Iran something extraordinary seems to be going on, in that more Iranians are coming to faith in Christ than Israelis, yet Iran’s leadership is preparing to annihilate Israel. The prophecies from Jeremiah Chapter 49 quoted in the beginning of this month’s letter, which indicates that there would be a great spiritual awakening in Iran in the latter days, appears to be beginning to take place.

A close survey of these prophecies in the Books of Jeremiah and of Ezekiel has led an author of a book entitled “NUCLEAR SHOWDOWN IN IRAN”, Bill Salus to conclude that Iran has double trouble in store for her future, by analysing them as entirely different events. According to his arguments, Jeremiah’s prophecies indicate the following: (1) Concerning Iran, they appear to occur prior to Ezekiel’s prophecies. (2) They are now imminent. (3) They imply the fate of Iran’s nuclear program. (4) They predict today’s spiritual showdown in Iran.

The quoted passage tells us that as the result of Iran (Elam) angering the Lord, a disaster occurs in Iran, which necessitates a wide-scale expulsion of Iranians out of the affected area. Because of the magnitude of this humanitarian crisis, ‘there will not be a nation where Elam’s exiles do not go’, which probably alludes to a dispersion by radioactive fallout coming from Bushehr nuclear plant located in the area of ancient Elam. Actually, some news headlines appear to adequately depict such serious concern that the nuclear facility could create an epic catastrophe.
According to the Scripture, Iran has enemies to witness the calamity and today, there are three notable adversaries of Iran: 1. Israelis, whom Iran has openly threatened with extinction. 2. The Gulf Cooperation Council of Arab States (GCC), including Saudi Arabia, Kuwait and so on, who are deeply apprehensive about the potential dangers of the unchecked Bushehr nuclear plant. 3. The international community.

The author Bill Salus elaborates (1) in the following way:
‘One of the reasons Jeremiah’s prophecy concerning Elam probably precedes Ezekiel 38, is because of the Lord’s promise in Jeremiah 49:39 to “bring back the captives of Elam.” This verse precludes that the refugees of Jeremiah 49:36 survive the Ezekiel 38 prophecy by being exiled in other countries, and out of harm’s way from Iran’s defeat. If Jeremiah 49:34-38 did not occur before Ezekiel 38, then there might not be many exiles from Elam to regather. This is because all Iranian males of military service age, even those dwelling in the territory of ancient Elam, would be drafted to fight in Ezekiel 38. Presently, Iran has a mandatory military service law in place. It is important to note that Ezekiel 38 and 39 make no promises to restore the fortunes of Persia. In fact, nowhere in the Bible are restored fortunes promised to Persia. This should be extremely troubling to Iranians because Persia is decisively defeated during the Ezekiel 38 invasion. If the Jeremiah 49:37 disaster in Elam does not occur before the Ezekiel 38 invasion, then many Iranians residing in the ancient territory of Elam will be forced to fight to their death in Ezekiel 38. Thus, in theory it makes more sense that Jeremiah’s prophecy about Elam occurs before Iran invades Israel in the Ezekiel 38 prophecy. Ancient Elam could experience a geographically isolated disaster without preventing Persia from being involved in Ezekiel 38. Ancient Elam comprises about one-sixth of modern-day Iran, and is physically separated from greater Iran by the Zagros Mountain range’ (Line added).
 Bill Salus concludes his article with the exciting news, referring to (4):
‘A promise was made earlier in this article to provide the possible reasons as to why the Lord might be fiercely angry with Iran today. This concluding section identifies these probable causes. Additionally, their problematic connection to the burgeoning Christian harvest underway inside Iran will be explained. Presently, there is a supernatural spiritual showdown taking place in Iran between Christianity and Islam. The old baseball adage seems to apply here; three strikes and you’re out. …Strike One; Israel, Strike Two; Allah, and Strike Three; Christian persecution. The third strike is utterly intolerable when you consider the fact that Iran is presently being transformed into a Christian nation. At least that is the mission statement of Iran Alive Ministries, founded by Hormoz Shariat. Shariat, who the bestselling Christian author, Joel Rosenberg, calls the “Billy Graham of Iran,” utilizes satellite television as a highly effective means to transmit the gospel of Christ into Iran. …the Supreme Leader of Iran, Ayatollah Khamenei, decreed that all Christian home churches were to be shut down, and all pastors imprisoned. This edict has led to the wide spread persecution of Iranian Christians. This religious national diktat was issued because Christianity was spreading exponentially within Iran. The Christian growth phenomenon in Iran is the result of a miraculous work of the Holy Spirit, in correlation with Joel 2:29. Joel 2:29-31 predicted an outpouring of the Spirit in the last days, which would be characterized by people becoming believers through miracles, dreams and visions. … In light of the spiritual showdown underway in Iran, the world may be watching a preview of Jeremiah 49:38, which predicts the establishment of the Lord’s throne in Elam. This ancient territory, whose history dates back before the time of Abraham, may soon become the focal point of a Nuclear Showdown in Iran, after which, a worldwide flood of Iranian exiles will flow. Are you ready to receive them into your homes and neighborhoods?’
(http://www.prophecydepotministries.net/2014/iran-nuclear-showdown-prophecy-news/)
The following article is an exciting report of what is already taking place in Iran by Dr. Hormoz Shariat, a former Muslim who came to faith in Christ in the early 1980s. He is preaching the gospel of Jesus Christ to millions upon millions of Iranians through his 24/7 Farsi satellite TV network.
(https://flashtrafficblog.wordpress.com/2016/01/06/millions-of-muslims-are-leaving-islam-as-they-watch-the-extremism-of-iranian-isis-leaders-says-a-top-iranian-christian-leader/) on 6th Jan. ‘16
AN ANALYSIS OF TREND-LINES IN THE MUSLIM WORLD
1. A growing number of Muslims are coming to faith in Jesus Christ because of the Islamic Republic of Iran (IRI) and ISIS.
The extreme actions and rhetoric of Iran’s government and the ISIS leaders have caused many Muslims in the Middle East to start thinking, asking questions, wondering if Islam could really be true. This is a major spiritual breakthrough. For a person raised in the West where approaching any issue logically and objectively is the norm, this fact may not be appreciated. “Question Everything” is a cultural virtue in the West. But Muslims living in the Islamic world are not allowed to question their faith at all. Those who do are considered weak in their faith, and sometimes are punished by lashes. Muslims are oppressed by a spirit of fear. They are afraid to read the Qur’an objectively, or even ask sincere questions about it. Islam is based on total obedience to Allah, without asking any questions. …
What has caused Muslims to start questioning their faith? For Shiites, it has been the action of the IRI. For Sunnis, it is what ISIS is doing. I see similarities between the spiritual journey of Iranians for the last 35 years (leaving under the fear and oppression of Khomeini and Khamenei regimes) and a growing number of Sunnis in the last two years, since ISIS became powerful.
Here are the steps of how their thinking changes during their spiritual journey away from Islam and towards Christ: First, they start thinking the Islamic leaders in the region are not really “True Muslims” – This is often the first reaction of Muslims to the Iranian Government and ISIS. Muslims look at what IRI and ISIS do and say: “Islam is good and perfect; it is these extreme leaders that are the problem. They are giving Islam a bad name. What they do is not true Islam.”
Next, they start wondering, “What is True Islam?” — Both the Iranian regime leaders and ISIS leaders claim that what they do is based on Qur’an, and examples from the life of Prophet Mohammad. They certainly claim to be true Muslims. They challenge all Muslims by saying “What is it that we do that is outside Islam?” This challenge causes Muslims to take another look at the origin of their faith—that is, the Qur’an and the life of their Prophet Muhammad—in order to disprove IRI/ISIS actions and prove that Islam is true and good.
Then the suddenly realize, “Oh my God! The leaders of Iran and ISIS ARE true Muslims!” – A growing number of Muslims who take up the challenge of disproving the actions of the leaders of Iran and ISIS come to a shocking conclusion: that what those leaders are doing actually IS true Islam. They realize that Iran’s and ISIS’s leaders are not fanatic Muslims, but deeply committed and faithful Muslims.
At this point, they begin to realize that there is something fundamentally wrong with Islam itself – This is the start of their rejection of Islam and becoming open to other ways of thinking and faiths, including Christianity. So this is encouraging — millions of Muslims have started to ask questions about their faith. Ironically, currently in the U.S., one is not allowed to ask hard questions about Islamic faith. As a result of political correctness and an apparent government policy of appeasing Islam, many refuse to logically and objectively discuss what Muslims believe or even discuss Quranic verses. Most media personalities dare to even quote verses from the Qur’an.

2. Iran is fast becoming the first Islamic nation that is abandoning Islam and becoming a Christian nation.
Iran will be a Christian nation according to God’s promise for Elam (today’s Iran) in Jeremiah 49:38. This is happening even today before our eyes. It is no longer by faith that I say “Iran will be a Christian nation,” but it is by sight. Islam is experiencing its greatest defeat in its history in Iran today. Islam is on the offense and is advancing everywhere in the world—except Iran. Iran is the only country in the world where Islam is on the defense and Christianity is on the offense.
Also, Iran will be the first country that fulfills Romans 11:11 in bringing the Jews to jealousy. When the Jews see that citizens of a nation who wanted to “wipe them off the map” increasingly becoming their friends and sincerely love, value, and have good will towards them because so many Iranians have received Jesus as the Messiah and Savior and been transformed by faith in Him, they will wake up to the fact that Jesus truly changes individual lives and even nations.
As the government of Iran continues to threaten Israel with annihilation, the people of Iran are gradually getting rid of their hatred for the Jews. Iranian Muslims who come to Christ and renounce Islam and start reading their Bibles become free from that hatred. They start getting the heart and mind of God for the Jewish people. Amazingly, a growing number of Muslims are also losing that hatred, or at least the issue of Israel and Jews is becoming a non-issue for them. I see it all the time, and I believe the reason is that there is such a disconnect and distrust between the people of Iran and their government. When the government sponsors rally’s chanting “Death to Israel,” the people of Iran increasingly think, “If our government tell us that we should hate the Jews, it is a good reason that we should not.”

3. Signs, wonders, visions, dreams, and miracles are slowing down in Iran.
The younger generation in Iran (those under 30 years old) are increasingly experiencing fewer supernatural events—even though a growing number of them are coming to faith in Christ. I believe this is because they do not need miracles in order to come to Christ. The Lord is so gracious. The older generation in Iran needs such miraculous signs because they are more oppressed by the spirit of Islam. They are, initially, very afraid to make a final decision to follow Christ, even when they are totally convinced of the truth of the Gospel. They are captives to the spirit of Islam, which is the spirit of fear. Therefore, the Lord graciously gives them supernatural experiences (visions, dreams, and miracles) to help them make that final decision.
The younger generation, however, do not need such signs and wonders. Most have been raised in a family where Islam was rejected and even ridiculed, or at least it was a non-issue. The majority of youth in Iran are coming to Christ after hearing the Gospel preached and the Word of God taught to them because, as they frequently put it, “I need salvation.” Their faith is deep even without these supernatural experiences.
Coming from a life of desperation and hopelessness, they greatly value the salvation and life-changing forgiveness offered by Jesus Christ. I am so thrilled and inspired when I talk to the young believers in Iran. They are fearless. They are neither afraid of Allah nor the Iranian government. Many say, “So what if they kill me, I was dead anyway.”

One young convert recently told me, “I am not afraid of them (the Iranian regime). They are afraid of me and my Gospel message. It is out of their fear that they want to put me in jail.” These young generation are ready to live for Jesus and if necessary to die for Him. I believe that as we — the older generation of Iranian followers of Christ – set the foundation of Iran to become a Christian nation, it is this emerging young leaders who will finish the job of transforming Iran into a Christian nation.

NEWS-NEWS-NEWS-NEWS-NEWS-NEWS-NEWS-NEWS-NEWS-
This month, a money gift of $**** has been sent to Mary Jane in the Philippines to support her ministry of reaching out to minority tribes and to the impoverished children with the sustenance of livelihoods and the Word, including the personnel cost of labour for the engagement in  organic vegetable gardens and in pig breeding and poultry farming. She is thinking of a new start of outreach to the neighbours of the mission house and the adjoining elementary school, by a regular weekly feeding program with food and the Word for at least fifty children under the age of 12. Pray for her new plans and her ministry being continuously blessed by the Lord.

イエス・キリストご自身の顕れによる、イランでの霊の覚醒

イランのビリー・グラハム

今日イランで驚くべき奇蹟が起こっています。
シーア派イスラム教国のイランで、キリスト信仰が爆発的に広がっているのです。
イラン人ホルモズ・シャリアト氏の宣教活動の証しを、トロイ・アンダーソン氏の手記でご紹介します。
この奇蹟は、人の技、努力ではなく、キリストご自身が関わっておられますから、日本にも起こりうることです。この証しを読んで、日本の方たちの魂の救いのために、日本にもキリストご自身が働いてくださるようにと、祈り求めることの大切さを感じられた方は多いのではないかと思います。
日本にもヨエル書2:28-29の預言が成就することを信じ、祈りましょう!
その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。

トロイ・アンダーソンの手記


2014年4月1日記 ー敬称はすべて省略ー
 
イランのアメリカ大使館人質事件(1979年11月)から程なくして、当局はホルモズ・シャリアトの弟で十六歳の少年を軽い政治的犯罪の廉(かど)で逮捕した。当時、ホルモズ・シャリアトはアメリカでキリスト教の信者となり、政治活動家の弟はモジャーヘディーネ(イランの反体制武装組織でイスラム社会主義を唱える)に属していたが、弟は大した役割を担っていたわけではなかったので、シャリアトは弟がすぐにも釈放されると信じて疑わなかった。
ところが投獄後二年経った1984年にシャリアトの弟は銃撃隊によって処刑されてしまった。その知らせを聞いたシャリアトは打ちひしがれ、涙ながらに「どうしてあなたは弟の処刑を許されたのですか」と、神に訴えた。

シャリアトは神にも弟を殺害した者たちにも、憤りを抑えることができなかった。数日経って、シャリアトは神に復讐をしたいと語りかけた。しかしそのとき彼は、申命記32章35節と、ローマ人12章19節の御言葉(みことば)「復讐と報いとは、わたしのもの」を思い出した。それでも彼は「弟を殺した者たちが憎い」と、訴えた。しかしそのとき、彼はイエスが「兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません」(マタイ5章21-22節)と言われたことを思い出した。

シャリアトは、祈りの中で、主が自分に次のように語られたのを感じた。
「あなたは敵がだれなのか知っているのか? イランの聖職者たち、指導者たちは、あなたの敵ではない。彼らは道に迷った子どもたちだ。敵はただひとり。サタンだ。あなたがサタンに傷を負わせたいなら、伝道をすることだ。人々をキリストに導くことがサタンをひどく痛めつけることになる」と。
そのとき、シャリアトは、残りの人生を福音宣教にささげる決意をした。彼は言う。「私は生涯を終えるまでに百万人のイスラム教徒を主に導くというビジョンを持ちました。また、聖書の神の愛の力に勝るものは何もなく、私たちはイスラム教を放棄し、イスラム教徒をその束縛から解き放たなければならないことを知ったのです」と。

イエスのビジョン

シャリアトが献身の決意をしてからの三十年間、―伝道者でベストセラー作家のヨエル・ローゼンベルクは彼のことを「イランのビリー・グラハム」と呼んでいるが―、シャリアトは、まさに、自らのゴールが実を結ぶのを見てきた。それだけではない。現代において、最大ともいえる驚くべき超自然的な現象を最前列の席で目撃することが許されてきたのであった。
何と、イランおよび中東の何千という人々が、夢とビジョンの中でイエスが顕れた、と報告しているのである。
2001年に、衛星放送ミニストリー“Iran Alive Ministries”を立ち上げたシャリアトは、「ただ驚きです」と語り出し、「神は恵み深くも、夢、ビジョン、そして奇蹟を通して人々に顕われておられます。人々はイエスの夢やビジョンを見、たまたま私たちの衛星テレビ放送に出会い、福音を聞き、そして信仰に入ります。夢やビジョンを見ることで、福音を聞く準備ができるのです。また、私たちのテレビ番組を見て、これは真実だろうかと疑問をもったあと、夢やビジョンを見、聞いたことが真実であると確認する場合もあるのです」と続けた。
シャリアトは、神が西欧のキリスト者に、明確に次のメッセージを語っておられると信じている。「あなたがたはイスラム教徒を救いの望みのないテロリストとして見ている。あなたがたはそのように彼らを見ているのか。しかし、わたしはそうではない。わたしを見よ。わたしは彼らの前に顕れている。わたし自ら、そうしている。あなたがたはわたしと一緒になって、イスラム教徒に救いの手を差しのべようと思わないのか」と。
ローゼンベルクは、彼の著書“Inside the Revolution(革命の内幕)”の中で、この夢とビジョンの現象について、「この現象の広がりに興奮せずにはおられない。ヨエル書2章の『終わりの日には、主が聖霊を注がれ、人々は夢とビジョンを見るであろう』の預言通りだ」と書いている。

信仰の爆発

作家ローゼンベルクは、イランでの人質事件が1981年に終結して以来、イランにおけるクリスチャン人口は、五百人から百万人に爆発的に増加したと言う。シャリアトは、それ以上と言う。
イランは、人口七千六百万人の世界唯一の神政国家(アラーの神を信奉)で、“Operation World’s manual(全世界向け祈りの手引書)”の最新版によれば、イランのクリスチャン人口は世界中で最も急速に増加しているとのことで、このことを考慮すれば、イランのクリスチャン人口は百万人をはるかに超えているのではないかと思われる。
事実、イスラム革命以来三十五年間で、以前にもまして多くのペルシャ人がキリストを受け入れ、その数は革命以前の千四百年間に救われた人数より多く、これら改宗者の多くは、この最近の十年間で救われ、推定六千二百万の人々が衛星テレビ放送を通して福音を聞いたのであった。

2012年1月、イラン、中東、北アフリカ、ヨーロッパに衛星放送ネットワーク“Network 7、Iran Alive’s 24/7”を立ち上げたシャリアトは、イランのクリスチャン人口は三~五百万人と見積もられているようだと言う。しかし、彼の放送により、どれだけ多くの人々がキリストに導かれたかを推定するのは困難とのことだ。それは、イランの人々の電話は制御下に置かれているため、彼のクリスチャン・ミニストリーに電話をすることは難しく、料金も高いからである。
「にもかかわらず」と彼は言い、「十二年間の衛星放送を通して、二万七千人の人々がイエスを受け入れたいので祈ってほしいとか、放送を通してイエスを受け入れたことを暗示するような電話をかけてきたのです。私たちのところに電話をかけてはきませんでしたが、おそらく、その十倍近くの人々がイエスを受け入れる決意をしたのではないかと思われます」と続けた。
この衛星放送テレビ番組の潜在視聴者の数は一億人にも上り、シャリアトは所定の時間に三~六百万人がこの番組を見ていると推測している。

キリスト信仰への渇望

アメリカを「大魔王」、イスラエルを「小魔王」と呼び、両国の絶滅を叫び、核兵器開発を推し進めていると信じられているこのイスラム教国イランで、キリスト信仰が広がっていることは、近年の中東での最大の驚異的進展に数えることができる。イランでの、ローゼンベルクのいう「歴史的な霊の覚醒」にはいろいろな要因があると思われるが、信仰の指導者たちは、シャリアトの衛星放送が重要な役割を演じてきたと言っている。ローゼンベルクも、「衛星テレビ放送はイランでの社会通念・ルール、価値観などに変革をもたらし、シャリアトはその最前線にいる」と語る。

カリフォルニア州サニーベイルにあるイランキリスト教会(カミルとシャリアトの共同設立)のカミル・ナバイ牧師は、「シャリアトは油注がれたミニストリーを実践しており、神は彼を用いておられる。彼はダビデのようだ。たった一つの石と石投げでイスラムという巨人に立ち向かっている」と話す。
同じく、カリフォルニア州サンノゼにある“GateWay City Church”のデイビッド・カニストラシ牧師は長年シャリアトの友人で、次のように語る。「信仰を熱く求めているイランの人々にとって、シャリアトは彼らの最大の希望である。シャリアトは私に、世の人々は、イラン人を街頭で『アメリカに死を』と唱える狂信的な人々と思いがちだが、それは、イランの国営ニュースというフィルターを通しての情報であること、イスラム教はもともとイラン固有の宗教ではなく、イランにはキリスト教のほうが先に伝わっていたことを指摘してくれた。イランの人々の心は自由を求めている」と。
事実、七世紀まではイランにイスラム教は存在しなかった。
さらにカニストラシ牧師は続けて、「七世紀前に、キリストの福音はイランに浸透していた。しかし、イランはイスラム教徒に侵略され、剣によってイスラム教が取って代わった。今日、イランの人々はキリスト教を渇望している。このことが、キリスト教テレビ番組の視聴が高くなっている理由である。シャリアトは、そのようなイランの霊的真空状態に足を踏み入れたのであり、彼はまさに、格好の場所、タイミングで活動している」と語った。

単純な信仰

シャリアトは1955年9月9日、イランのテヘランでイスラム教徒の家庭に生まれた。彼はかなり敬虔なイスラム教徒として育ったが、十代になったとき、イスラム教の信仰に疑問を持ち始めた。
「私は考え始めていました。私の従っている宗教とは一体、何なのだろうか?と。私はそのような疑問ともいえる祈りを繰り返していました。それは私の人生に何ももたらさなかったし、私自身、変えられてもいない。私には平安がない。喜びがない。神の存在を経験したわけでもない…」と、シャリアトは振り返る。「そうだ。こんなことをするのはやめて、勉強に集中して良い人になろう」。

彼は、1979年のイランでのイスラム革命のあと、妻のドンネルとともに“Southern California”大学でコンピューター工学の博士号をとるためにアメリカにやってきた。イスラム革命は、彼の霊的渇望を呼びさまし、シャリアトは聖書を読み始めた。
その頃を回顧して彼は言う。「私は聖書の各々の聖句の意味がわからず、まさに聖書と格闘していました。『イエスとはだれ?』その頃の私の考えでは、宗教はどの宗教でも同じでした。しかし、コーランと聖書を読めば読むほど、両方とも真実ではない、矛盾だらけではないかと感じるばかりだったのです」と。
このようなジレンマに苦しみ、しばらくしてから、シャリアトは1980年、ロスアンゼルスのダウンタウンで、建物に大きな文字で“Jesus Saves(イエスは救いたもう)“と書かれた教会に通い始めた。
シャリアトは次のように話す。「答えを得ようとその教会に行きました。数週間して、私は教会のメッセージは単純だと気がついたのです。すなわち、あなたは罪人(つみびと)であり、神はあなたを愛しておられる、という単純な真理を信じることなのだ、と。私はイエスの『山上の垂訓』を読んで、私たち全ての人々が罪人であることを知ったのです。福音の基本的なメッセージは論理的で、私はこの福音に従ってみようと思い、『イエスさま、どうか私の心に、そして、私の人生に入ってきてください』と主に語りかけたのです」

希望の衛星放送

1987年に博士号取得後、シャリアトはサンノゼで人工知能を研究する仕事に就いた。彼と妻は当初、数人で“house church(家の教会)”をスタートさせた。ところが、それが急激に大きくなり数百人のイスラム教からの改宗者が集まるようになり、今では米国のイラン系キリスト教会の中では大教会のうちの一つにまでなっている。
彼はその後、北カリフォルニアのイラン人イスラム教徒が住む地域で複数の教会を設立し、2001年には“Iran Alive Ministries”を立ち上げた。2001年9月11日、ニューヨークで起きたあの貿易センタービル、テロ攻撃の後ほどなくして、イランで最初のシャリアトの衛星放送が始まった。

シャリアトは語る。「衛星放送を始めた初日から、人々の反応は驚くべきものでした。テレビはイランの人々にとって必需品です。キリスト教テレビ番組は娯楽ではないのですが、にもかかわらず、数百件の電話がかかってきました。それが彼らにとって唯一の希望の源だからです」と。シャリアトによれば、イランでは衛星テレビ用アンテナの設置は違法であるが、イラン人の80%以上が衛星テレビ放送を視聴しているのである。
シャリアトは続けて、「最近、イランから戻ってきた友人の一人が、遊牧民のベドウィン族のテントに衛星テレビ用アンテナが付いている写真を見せてくれました。彼らには水道設備はありません。でも、発電機付き衛星テレビ用アンテナは持っているのです。それが彼らにとって、外部世界とつなぐ唯一の手段なのです」と語った。
2003年、シャリアトのミニストリーは、イランでの地下教会の建設に関わるようになった。近年、何百という“house church”のリーダーが逮捕され、その中にはシャリアトの姪と結婚したアメリカ人牧師も含まれている。彼が今後どうなるかは世界のメディアが注目するところだが、いまだにイランのおぞましい刑務所に入れられたままになっている。
シャリアトの話では、イランの現体制が誕生してから四十年ほど経過したが、イランの多くの人々はイスラム教が答えではないと結論づけている。彼らは「現体制は問題あり」と見ているのだ。その理由は彼らの惨めな生活であり、多くの人々が、政府の迫害にもかかわらず、キリスト教に目を向けている。
シャリアトは続けて、「私はイラン人の中に、それも若者の間に、新しい動き、新しい思考体系が生まれているのを見ています。『もし未来を望むなら、イスラム教を捨てなければならない』という趣旨の若者のブログを多く読むようになっているのです。イスラム教は今、イスラム史上最大の敗北を味わっている、と私は思います。それは、もう元に戻すことができないほど広く深く浸透しているのです」と語った。

魂の戦い

シャリアトは、アメリカで最も愛されている伝道者に必然的に関連づけられる。
ローゼンベルクは次のように語る。「シャリアトがペルシャ語圏諸国に与えている影響力は、二十世紀の大半、神がいかに大きくビリー・グラハムを用いられたかになぞらえることができる。もちろん両者に違いはある。ビリー・グラハムは福音を伝えるのにテレビやラジオを用いたばかりでなく、スタジアムも利用した。シャリアトの場合、イランのスタジアムを使用しない。しかし、彼は地球規模の衛星テレビ工学の奇蹟を駆使して、イラン政府とイスラム教組織を飛び越えて福音の電波をイランの各家庭に届けることができる。それはこの十年間でとてつもない進展を遂げ、イランのような閉鎖社会に前例のない方法で、まさに福音宣教の扉を開いたのである。現時点で、イランの人々の魂のために、宇宙的、超自然的な戦いが続いている。キリストが勝利するであろうが、サタンは激しく戦っている。これは、今起こっていることについて私が感じていることである」と。
また、「イランで何が起きているかを理解することは、なぞ解きをするようなものである。イランの指導者たちは現在、おそらく地球上で最も邪悪で危険な政治を行っている。彼らは
イスラエルとアメリカに向けて核弾頭を発射できるよう、その手段の獲得に熱狂、躍起になっている。同時に、ますます多くのイランの人々が主イエス・キリストを信じるようになっており、イスラム史のどの時期よりもイスラム教を放棄するようになっている。これら二つの事実が今イランで同時に起きており、実に複雑、興味深い途上にある」と。

皮肉なことに、ますます多くのイラン人がキリスト信仰に至っているのに、イランの指導者層はイスラエルを絶滅しようと準備しているのである。ローゼンベルクは続けた。「エゼキエル書38-39章とエレミヤ書49章の預言は、イランの指導者たちに神の裁きが下ることを示していると私は思う。同時に私は、これらの預言が、イランにも大いなる霊的覚醒とリバイバルが起こることも示していると、信じている」と。

預言者エゼキエルは、世の終わりのゴグ、マゴグの戦いを予知した。それはロシア、イラン、その他の国々の連合軍がイスラエルを攻撃する戦いの預言と解釈されている。
さらに、ローゼンベルクは、エレミヤ書49章のエラムに対する神の怒りは、現代のイランに言及するものであると言う。「私は、エレミヤ書49章の預言に基づいて、遠くない将来、かつて経験したことがないほど多くの宣教師がイランから世界に送られ、終わりのときに、キリストがご自分の霊の王座をそこに移されることは間違いないと信じる。それは実にわくわくするような展開である。だからこそ、私たち西欧諸国の信仰者は、彼らのうちには、裁かれる人たちもいるだろうが、キリスト信仰に導かれ、神が世界宣教に用いられる人たちもいることを知って、イランの私たちの敵のために祈る必要がある」と。

シャリアトもまた、“Iran Alive’s”宣教を通して、現世代のイランがキリスト教国家に変容し、世の終わりには、大規模なキリスト教国になると信じている。
シャリアトは言う。「私たちはその可能性を信じています。このことはすでに猛スピードで起こっており、その可能性は高いのです。西欧諸国のキリスト者もともに力を合わせる必要があります。もし私たちが備え、力を合わせるなら、一世代、三十年から四十年で、イランがキリスト教国になるのを見る可能性は非常に高いでしょう」と。
シャリアトは、それが一人、あるいは、一つのミニストリーで達成できることではないことを知っている。彼は、イランおよび中東に福音で衝撃を与える歴史的な窓が今、開かれていると言い、「でも、それが永久に続くことはないのです。この仕事は一つのミニストリーだけでは到底成し遂げられない大仕事です。ですから、私は今、私たちの兄弟姉妹の皆さんに、イランと中東を福音で変容させる私たちの働きに加わってもらいたいと、あの『マケドニヤ人の懇願』を働きかけているのです」と締めくくった。

________________________________________

*『マケドニヤ人の懇願』
  使徒の働き16:6-10
  第二次宣教旅行(50CE秋、―49~52CE-)中のパウロ一行がトロアスに下ったとき、パウロは一人のマケドニヤ人が「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください」と懇願するビジョンを見た
  同労者ルカを含めたパウロ一行は「神が私たちを招いて、彼らに福音を宣べさせるのだと確信し」、この懇願に応じ、ただちにマケドニヤに向かったのであった

メアリー・ジェインの手紙 : 2016年1 月24日

フィリピンの山にこもっての祈祷断食を計画しています

フルダミニストリーの皆さま、今晩は。   1月24日(日)

私は今、弟の家で、このe-mailをしています。フィリピンでのミニストリーのために、ご支援をありがとうございます。銀行に行って入金を確認しました。本当にありがとうございます。

今週末はザンバレスのアエタ部族を訪問しようと思っています。また、アエタ部族の牧師たちにも贈り物を持っていくつもりです。
私の健康を気遣ってくださり、ありがとうございます。例年、フィリピンの1月は涼しいのですが、今年の1月は、気候変動で夏のように暑く、体調を崩す人々が出ています。私は霊肉の回復のため、フィリピンの山にこもって祈り、断食することを計画しています。いつにするか、まだ決めていませんが、日程が決まり次第ご連絡します。

今朝、私たちの友人の七歳になる娘が、彼らの家の前で車にひかれ亡くなりました。ショックです。私の母や兄弟たちは今夜の告別式に出席します。娘のエゼキエレと私は明日の朝、その少女の若い両親のところにお悔やみに行きます。

また今週中に、私の母の姉(八十六歳)を訪問しようとも思っています。彼女は寝たきりです。彼女が心を開き、主を受け入れることができるように、どうかお祈りください。

ところで、父親を心臓発作で亡くし、今とても孤独なある日本人青年がいます。フェイスブックとか携帯は好きではなく、通信手段はもっぱらe-mailと固定電話です。少年の母親の話では、彼はちょっと変り者で、友だちが少なく、仕事をしてもうまくいかず、海外に住むことを考えているようです。
私は、彼とは定期的にe-mailで連絡を取っていますが、彼が近いうちに皆さまのところにコンタクトする気になればと、願っています。

再び皆さまのご支援に感謝いたします。いつも皆さまとフルダミニストリーの働きのためにお祈りしています。

多くの愛をこめて。  
メアリー ジェイン

メアリー・ジェインの手紙 : 2016年1 月19日

2016年、六人の少年たちとともに伝道所、有機農園でのミニストリー再会

フルダミニストリーの皆さま   1月19日

先週の土曜日、キュバオのバス停留所まで、他の三人の少年たちを迎えに行きました。そして日曜日には、定例のフェローシップのときを伝道所で持ちました。

伝道所と有機農園で働く少年たちの労賃を支援していただき、ありがとうございます。
私は、オートバイに乗っている一人の少年リックが自動車運転免許を取ることができるように、資金援助をしています。彼は政府発行の身分証明書の取得をし、この地方の銀行に口座を開設しました。これで彼も貯金ができます。

また先週、デンも銀行の口座を開きました。他の四人の少年たちのうちヨシュアは、社会保険にかかわるID取得の申請をしました。ラミー、アルバロ、ノリの三人はともに、IDも出生証明書も持っていないので、今年中にそれらをとらせようと思っています。

黒の有機豚については、オスとメスの子豚が生まれたので、ここブラカンの農夫のひとりトントンにその世話をしてもらい、その後、カワグとザンバレスのアエタ部族にあげるつもりです。そうすればアエタ部族の人たちは豚を増やすことができ、生まれた豚をまただれかにあげることができます。
今、私たちのところに黒豚は十一匹います。ダニーの死後、何匹かは死にましたが、三匹からスタートして、増えたのです。
またご連絡します。

愛をこめて メアリー ジェイン

メアリー・ジェインの手紙 : 2016年1 月11日

2016年、新年の決意

フルダミニストリーの皆さま    1月11日
e-mailをありがとうございました。

先週の土曜日9日の早朝3時30分に、伝道所の農園を手伝っていた三人の少年たちから、キュバオのバス停に着いたとのe-mailが入り、私は弟、イアンといっしょに彼らを迎えにいきました。
三人は今、農園にいます。

昨日の日曜日はブラカンの伝道所でいつものようにフェローシップを持ちました。
私たちは、長年、献身や手助けになること、多くの祈りをしてきましたが、ブラカンの伝道所近隣の人々と隣接するサンイシドロ小学校の児童への伝道にもう一度力を入れて行こうと、新たな決意をしました。
2004年に、私たちはその小学校の校長や先生たちと親しくなり、それ以来、子どもたちへの食事の提供、休暇時の聖書クラス開催、図書館への本の提供などの支援プログラムを随時行ってきたのですが、この決意は、本格的な再出発です。

今回は、この一月の最終土曜日から始めて今後毎土曜日、定期的に六~十二歳の子どもたちを対象に食事の提供を計画しています。同時にそのとき、両親たちも招いて聖書の学びを行う予定です。
同じことをザンバレスのアエタ部族の人々にも、おそらく、毎土曜日になると思いますが、行いたいと考えています。私たちの目的は、ヨハネの福音書15章にある、御言葉を彼らに教え、彼らがキリスト者として試練に立ち向かい、霊において生まれ変わり、彼らの同胞たちに「キリストの道」を伝えることができるように成長することです。
わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、もうきよいのです。わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります…
父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい…
あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選びあなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。あなたがたが互いにい愛し合うこと、これが、わたしのあなたがたに与える戒めです…
ヨハネ15:1-4、:9、:16-17
昨年の12月、私はまた、2002~2003年に御言葉を伝え、2006~2008年には私といっしょにミニストリーを手伝ってくれたにもかかわらず、現在は信仰が冷めているアエタ部族の当時の学生たちについても、祈りました。

私は彼らを職業学校に通わせましたが、彼らは結局そこで得た知識、技、能力を生かさず、ただ結婚をし子育てに専念している有様で、私を悲しませてきました。挙句の果てには、彼らは私たちが多目的用に造った“nipa hut”(ニッパヤシで造った小屋)を、こともあろうに2014年に売却してしまったのです。それ以降、私は彼らと、また、部族の牧師との関係を絶ってきました。
しかし、昨年12月の祈りの中で、神は私の心に働かれ、私に、もう一度彼らの所に行けと言われたのです。彼らには優れた能力があり、讃美がとても上手でした。
(彼らとのミニストリーは、過去お送りした2006~2008年の宣教報告の写真と、彼らとの最後のフェローシップとなった2014年3月15日付写真をご覧ください)
  
ですから今年は、彼らの信仰の火を再び燃え立たせたいと思っています。
さて、農園作業を手伝ってくれる残る三人の少年たちは今週末、郷里から伝道所に戻ってきます。
皆さまのすばらしい励ましのコメントをe-mailでいただき、再度お礼をいたします。追って、最新の情報をご連絡します。

主に在って メアリー ジェイン

フレデリックの手紙:2015年12月24日 その2

ひとつの成功物語  その2

リーマ・ミニストリーのワークショップを通して、私の心と目は開かれ、自分の益だけではなく、家族に対して、教会に対して、また、社会に対しても私なりに何か貢献できることを見いだすことができたのでした。以下、振り返ってみました。

HIV  AIDSの問題について

私たちは、主にある一人のしもべ、まさに牧師ですが、その人のお世話をしてきました。
彼はHIV AIDSの陽性でしたが、私たちは、彼が悪魔にとりつかれている、あるいは、魔法にかけられているというように思っていました。
しかし、リーマ・ミニストリーのワークショップでHIV AIDSの症状を教えられたので、私たちは彼を、病院に連れて行って診断をしてもらいました。その結果、HIV AIDS陽性の診断がなされ、その後、薬の服用で、彼は現在も生存しています。

手がけ、建て上げ、強められたことあれこれ

1.そのときまでに、私は五つの遊休地を所有していましたが、開拓する時間がなく、どのようにしたら肥沃な土地になるかの方法を知りませんでした。

2.私は土地を耕し始め、牧草を育てました。
五ヶ月後には牧草を150,000BIF(ブルンジフラン)で売ることができ、そのお金で妻と子どもの服を買い、残り100,000BIFを貯蓄することができました。

3.私は別の土地も開拓しようと決め、植わっていたナツメヤシの木々の周りの雑草を取り除いた後、自然肥料を与え、生長させました。木々が順調に生長したのでその土地を年間300,000BIFで貸し出しました。
先の牧草を売ったお金100,000BIFに加えて400,000BIFのお金を手にすることができました。先の牧草地は、一頭の牛を飼育するに十分な牧草量が生産できるようになったので、牧草売却をやめて、貯蓄した400,000BIFで一頭の牛を買うことにしました。

4.また、土地に肥料を施すことで私の子どもたちが食べて満腹するに十分なとうもろこしを生産することもできるようになりました。

5.購入した一頭の牛が出産しました。それにより月当たり500リットルの牛乳を生産し、牛乳を1リットル当たり700BIFで売却して、月当たり350,000BIFの収入を得ました。

6.子牛が生まれる前ですが、リーマ・ミニストリーから六人の貧しい婦人たちを選んでほしいとの話がありました。彼女たちに経済力をつけるために元手資金を与えるというものです。
幸いにも私の妻がそのうちの一人となり480,000BIFが供与されました。彼女は、パーム油のビジネスをスタートさせました。その他の婦人たちはバナナの売却、トマトの売却、塩の売却、石鹸作りを始めました。そして彼女たちはこの少額の元手から利益をあげることができたのです。それにより六人の婦人たちはそれぞれ土地を買ったり、家を購入したり、子どもたちに学校へ行かせたり、靴を買ったりしました。

7.私はといえば、保健省に行って、牛乳生産で得た資金で薬局を開く申請をしました。その結果、保健省から二店舗の開設が許可され、私はその店舗に「ヘルパー(Helper)」という名をつけました。しかし、開店当初は少額の資金でスタートせざるをえませんでした。保健省への許可申請に費用がかかったからです。

8.そこで私はリーマ・ミニストリーにビジネス推進のため資金の借り入れを申し出、2,000,000BIFのローンを組むことができました。一年後の返済で無利子です。これは本当に助かっています。

私が獲得したもの

リーマ・ミニストリーからの資金で私がすることができたのは次の事柄です。
(a)    二人の子どもを私立学校に入学させました。公立学校では期待できない教育を受けさせるためです。授業料は一人当たり一学期170,000BIFです。
(b)    私のそのほか七人の子どもたちは小学生です。学校教材、制服、教科書、筆記用具、靴などを買っています。
(c)    現在、三店舗の薬局を経営しており、近く、もう一店舗を開設する予定です。
(d)    私が経営している薬局運営に必要な人々(店員、警備員)を雇用しています。
(e)    自宅では畑の農作業に携わる人々、牛や豚を飼育する人々を多数雇っています。
(f)    私の土地はこれらの人々が肥料を施しているので、多くの農業生産を行っています。
(g)    私は地域の教会の総監督をしており、多くの人々に説教をしています。これらの教会は自分たちで教会の運営をしていて、外部からの資金援助は受けていません。
(h)    私は子どもたちを満腹させるほど食事をさせ、彼らに必要な物を与えています。もはや家族全員の寝具のシーツに事欠くことはありません。
(i)    私は主都ブジュンブラの土地を7,000,000BIFで購入しました。すでに基礎とフェンスが出来あがり、3000,000BIFを支払いました。
(j)    ニャンザラクにある自宅のフェンスのれんがは、私自身が焼きました。昨今のブルンジの情勢不安のために特別に造りました。このれんが作りのため2,500,000BIFを支払いました。
(k)    リーマ・ミニストリーの能力開発プランのおかげで、私は会衆に説教をし、教えてきました。彼らは十分の一献金やその他献金で私が総監督をしている地域で教会建設を行っています。

多くの思いもかけない仕事が舞い込んできたり、ブルンジの不安定な状況のため、リーマ・ミニストリーからのローン返済はまだ終わっていませんが、1,200,000BIFはすでに返済済みで、残りの借入額800,000BIFは今月末までに返済できると思います。

リーマ・ミニストリーの能力開発プランと金融支援に対してここに感謝をいたします。もしそれらがなかったら、今の私はなかったでしょうし、私が誇りに思っている多くの成し遂げることができた実績もなかったと思います。

リーマ・ミニストリーは聖書を教えてくれました。ですから私は会衆の前で私は自分が理解し、マスターしたことを大胆に話せます。

過去、きちんとした衣服を着ることができないために、いろいろな集会に出席をすることがいやで、何か恐れさえいだいていましたが、今は各種の集会、会合に参加しています。
私は、何の成果も上げることができず、間違った教えに酔っている教会に対して、主がリーマ・ミニストリーの働きを通して語り、強めてくださるようにと祈っています。

ひとつの成功物語  その1に戻る

フレデリックの手紙:2015年12月24日 その1

2015年クリスマスに、一牧者の喜びの証しをお送りします!

12月24日
フルダミニストリーの皆さま

救い主イエス・キリストの名において、イエスのご降誕をお祝いし、さらにイエスによく顕わされている神性を今一度、思い起こし、皆さまに「メリー クリスマス、そして良い新年を!」のご挨拶をいたします。
イエスのご降誕を思うとき、私は、神の救済と神の全人類へのご計画を思い起こし、艱難を通してでも、そこに期待を寄せます。私たちが、もはや涙、悲しみ、嘆きが存在しない天の御国に召されるとき、人類の救いが完全に全うされることを待ち望みたいと思います。

以下は、私たちが牧者や指導者訓練を行った際に、一人の牧者から寄せられた証しの報告です。どうかブルンジにいる私たちのためにお祈りください。

*フレデリックは中央アフリカのブルンジの主都ブジュンブラで、「リーマ・ミニストリー」を指導、ブルンジと近隣諸国の牧者、霊的指導者たちに聖書の解き明かしを基に、国家復興のための指導に当たっています。

ひとつの成功物語  その1

牧師、セオフィル・ナヒゴンビーの証し
「私の同胞は知識がないために死に、ほんのわずかなお金すらないために死んでいく」
彼が、与えられた人生をどのように生きたかについての赤裸々な証しをお読みください。皆さまはきっと勇気づけられることでしょう。

ホセア書4:4-10

ホセア書4章は、民の堕落が神の祭司や預言者、すなわち、霊的指導者にあることを訴えています。
「私の民は知識がないので滅ぼされる。あなたが知識を退けたので、私はあなたを退けて、わたしの祭司としない。あなたは神の教えを忘れたので、わたしもまた、あなたの子らを忘れよう」(6節) 
神の御旨に逆らったミニストリー、教会組織は、究極的には神の御手によって滅びます。 
ミニストリー、組織が大きくなることは必ずしも、神の支持を裏づけているものではありません。
むしろ神は、
「彼らはふえるにしたがって、ますます、わたしに罪を犯した。わたしは彼らの栄光を恥に変える」(7節)
と言われます。神の御手に陥ることは恐ろしいことです。牧者、霊的指導者は、組織やこの世の目を恐れるのではなく、神ご自身を畏れる牧会、ミニストリーにいそしみ、少しでも多くの魂が救われることを祈っていかなければならないのです。

私の人生、信仰生活

1.スウェーデン・ペンテコステ教会の主に仕えるしもべとして
私は1986年、スウェーデン・ペンテコステ教会で祈りを受けて伝道者に任命されました。私はそのとき、すでに結婚をして子どもが一人いました。
任命を受ける前に、私はその教会の長老たちに、自分が主から伝道者として召名を受けたことを申し出ていました。しかし、私には聖書を学ぶ機会がありませんでした。私のために祈って教会に送り出してくれた人々は、次のように言いました。
「行きなさい。あなたは、聖霊があなたの心に語ったことは何でも話し、説教しなさい。主があなたに任された人々と、それを分かち合いなさい」
私は価値のない人間であり、能力がないにもかかわらず、教会に対する主の愛がゆえに、主は私を通して教会を守り、教会と人々を養ってくださいました。

2.その当時、私は貧しくて、私と妻のベッドのシーツさえ買えませんでした。彼女が持っていた服を寝巻代わりに使っていました。
私への支払いはペンテコステ教会用語では「石鹸一個」でした。事実、スウェーデン・ペンテコステ教会では「一度、神の召名を受ければ、神が必要な物をすべて備えてくださる」と言われていましたから、私に支払われた手当ては一ヶ月当たりほんの630BIF(ブルンジフラン、1BIF=0.077円なので日本円に換算すると約50円弱)でした。

3.スウェーデン・ペンテコステ教会は私たちのために何の備えもしてくれませんでした。聖書を学ぶ機会もなく、生きるすべも教えられず、家族をどのように養っていくかの顧みもなく、「石鹸一個」の手当では、粗末な家さえも造ることができない状態で、それでも一日中、ミニストリーに携わっていました。
このように、私は文字通り極貧の中にいたので、生きていくために、捧げられた献金の一部をかすめる以外にありませんでした。その事実が明るみに出れば私は盗人であり、当然教会から追い出されます。発覚しないように、私は盗みを隠れて行っていました。
どうか主が、私のこの告白を聞き、憐れみ、赦してくださいますように!  
私はこのような生活を1986年から2005年まで続けていました。もしこのままずっと続けていたなら、私は告白をすることはなかったでしょうし、悔い改めることもなかったでしょう。悔い改めれば、教会から破門され、天国に行けず、結果として神の国を継ぐこともできないと信じていたからです。

ミネバム教会への逃避

1.2005年の7月、私はスウェーデン・ペンテコステ教会を脱会し、ミネバム教会に逃れました。
この教会のリーダーは私たちを受け入れてくれました。ミニストリーができるように備えをし、聖書の学びのほか、経験を積むために同列の他の教会や他の教派の教会を訪問することも許されました。
自由がなく、厳格な伝統を重んじるスウェーデン・ペンテコステ教会とは対照的に、ミネバム教会で私に起こったことは驚きでした。私にとってそれは、死から生き返ったような人生でした。
まず私は、「お互いに助け合いましょう!」と呼びかけた「お金を回す」グループに入りました。
そこでは、お金を貯め、同じ機関からお金を借りることを学びましたが、その当時、残念ながら、私はそれを実行できませんでした。食べるに困り、お金を貯めることなど全くできなかったのです。
また私たちは「HIV、AIDS」の問題についても教えられました。この問題は、スウェーデン・ペンテコステ教会では、神聖を汚す不浄なこととして教会の中では話すことさえ許されなかったのでした。

2.2013年、私たちはリーマ・ミニストリーに招かれ、そのワークショップに参加しました。
そこでは次のことが扱われました。
(1)聖書の学び
新約聖書に重きが置かれ、キルンジ語(私はキルンジ語しかわかりません)で書かれた解説書をもとにマタイの福音書からヨハネの黙示録までを読みました。
(2)環境保全
植樹、牧草を育てることのほか、多くを学びました。
(3)動物飼育
やぎ、羊、豚、牛、うさぎなどを育てることを学びました。
(4)開拓
土地を肥やし、開拓して果物を収穫する方法を学びました。
(5)生計
小規模のビジネスをすること

リーマ・ミニストリーで私たちが学んだことは、スウェーデン・ペンテコステ教会で教えられたこととははるかに違い、まさに、開眼の思い、奇蹟でした。
スウェーデン・ペンテコステ教会では、独断的に次の三つが教えられていました。
(1)二人の主人に仕えることは禁止
(2)「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから」(マタイ5章3節)
この句は間違って引用され、本来の意味から外れて使用されていました。
(3)私たちは自分の時間の50%を家族のために、30%を教会の奉仕に、20%を私たちの住んでいる社会奉仕に用いるべきである


ひとつの成功物語  その2へ

メアリー・ジェインの手紙 : 2015年12 月24日

2015年クリスマスイブを無事迎えて

12月24日
フルダミニストリーの皆さま            
クリスマスおめでとうございます。

クリスマスイブを母とエゼキエル、そしてイアンの家族とブラカンにある伝道所/農園で過ごし、たった今、母の家に戻りました。でもまた明日の午後、伝道所/農園に戻るつもりです。というのは農園で飼っている九匹の黒豚、五匹の雑種豚と、野菜の世話をする必要があるからです。
それは私にとって、大変な、でもやりがいのある仕事になっています。隣人のロメオとテレサ夫妻はダニーの突然の死後、特に私が用事やe-mailをするために町に出て留守のときには、本当によく手伝ってくれ、感謝です。

それにしても、故ダニーの農業に関する技術、能力の高さ、農園への貢献度の大きさが改めて思い起こされます。彼の死後六ヶ月間、仕事を引き継いだ私と六人の少年が行った農作業などは、彼の仕事実績に比べようもなく、少年たちは私が賃金を支払うから働くというのが実態です。
私は彼らがこの六ヶ月間ブラカンでいろいろなことを学び、経験したことを十分理解してほしいと願っています。そして最後まで残った三人がブラカンに戻ってくれるなら、今度は新しい視点で真面目に仕事に取り組んで欲しいと祈っています。もしこの三人が戻ってこないようなら、新たに適材の人が与えられるようにと、神さまに祈らなければなりません。

恒例の聖書の学びについてですが、12月20日にクリスマス会を開きました。2005~2010年にかけて「休日聖書クラス」で学んだ子どもたちも参加してくれました。
子どもたちといっても、彼らは成長してもう十代の後半になっており、彼らとは12月26日にもう一度集会をするつもりです。彼らが私に、「毎夏、開かれた休日聖書学校はその後のクリスチャンとしての信仰生活と大学生活の基礎になっている」と言ってくれたので本当に良かったと実感しています。神さまに全ての栄光あれ!

土地問題についてですが、役所はもうクリスマスと年末年始休暇に入っていて、来年は1月4日が仕事始めになります。ですから、この件に関しては、最新の情報をまたe-mailします。
私たちは引き続き、皆さまとフルダミニストリーにつながる方々のためのお祈りをしていきます。

主に在って  
メアリー ジェイン

メアリー・ジェインの手紙 : 2015年12 月13日

有機農園、養豚、宣教のためにお祈りください

12月13日
フルダミニストリーの皆さま   
今晩は。

今、母の家からメールをしています。言い忘れましたが、母グローリアは大阪に着いたとき、歩行困難に陥りました。母は、寒い気候が骨を刺激したのだと言っていましたが、神さまのおかげで、今、普通通りになり感謝です。

夜も更けて来ましたが、私は今、末弟イアンが、バス停にアブラの少年たちを送り届けて戻ってくるのを待っています。彼らのバスは、明日の午前二時か三時に出る予定です。
私は、ここオリンパスで彼らの荷づくりを手伝い、弟が彼らの見送りを手伝ってくれました。私は明日の昼食後、ブラカンの伝道所に戻るつもりです。

お尋ねの養豚の件ですが、私たちはまだ、養豚を続けています。九匹の黒豚がおり、そのうちの二匹が親豚(父豚と母豚)です。その他、三匹の白豚と二匹の母豚がいます。少年たちがアブラにいる間、私が、これらの豚の世話をするつもりです。

私は少年たちに、休み明けにまた戻ってくるかどうかを聞きましたら、彼らは新年の後、戻るつもりだと言いました。果たして、彼らは戻ってくるでしょうか。私の祈りは、彼らが賃金にではなく、献身を第一優先にしてくれることです。

少年たちの二人は、たとえ賃金がなくても戻ると、言ってくれましたが…
彼らは、ただ有機農法と主のミニストリーを学び、経験を積みたいことに加え、フィリピン政府発行の身分証明書類が欲しいのです。彼らのほとんどや、彼らの両親でさえ、運転免許証、出生証明書など政府発行の証明書を持っておらず、銀行キャッシュカードはおろか、最低500ペソ(1,300円相当)の銀行口座さえ開くことができないのです。
もう一人の少年は、自分の人生の方向づけに関して、まだ確信がないようです。

伝道所のある土地についてですが、また後日、詳しくお知らせしますが、土地所有権証明書を保持するために、政府への債務と税金の支払いをしなければなりません。年内に支払えば無利息になるとのことですので、このため白豚三匹を売ることで、工面しようと思っています。
農園でとれたなすや赤唐辛子を売っても、大した収穫にはならないので、この件に関してどうぞお祈りに覚えてください。

当地ではエルニーニョ現象の影響が出始めており、私たちの近辺の地は乾き、井戸は枯渇しています。井戸水は減る一方で、水を必要とする人たちは増え続けているのです。
私たちの井戸水も減る一方で、一日にドラム缶三缶分の水しか供給されません。私たちの農園は、この水にすべてがかかっています。なすや赤唐辛子の一部はすでに枯れてしまいました。

また、すぐ、e-mailするつもりです。
お祈り、お便り、金銭的ご支援をありがとうございます。

キリストに在って心から
メアリー ジェイン