Pages - Menu

メアリー・ジェインの手紙 : 2015年2月24日

ダニーの死と背後の霊の戦い

2015年2月24日
フルダミニストリーの皆さま

今日、ニュースレターおよび慰めと励ましのカードをいただきました。ありがとうございます。私はまだどうにもならない気持ちでいますが、主は本当に大いなる助け主であり、皆さまからもこのように励まされ、感謝をいたします。
さて、2014年11月~本年1月の当地でのミニストリーのレポートを皆さまのところに郵送しました。ダニーの死亡についての詳細と死亡証明書も併せ、お送りしました。今後も彼の死について覚えてお祈りくだされば嬉しく思います。

私は先週の水曜日、伝道所に行ったおり、ダニーが銃撃された様子をもっと詳しく知ることができました。多くの証言者がいたのです。彼らの話をまとめると次のようになります。
「ダニーがオートバイで走行中、ヘルメットをかぶった者が運転する二台のオートバイが突然、彼に近づき、うち一人が彼めがけて銃を二発撃った。しかしダニーはスピードを落とすことなく、しばらく走り続けたが、おそらく銃撃による傷のため、疲れてしまったのだろう、オートバイを道路沿いの理髪店の前で止め、助けを求めようとした。ところが、追っかけてきた犯人が再び彼の首と胸に銃弾を撃ち込んだため、彼はその場で即死。犯人たちはすぐ走り去り、ナンバープレートのないオートバイを乗り捨てて車に乗り込んで逃走した」
というものでした。

私は、その日(先週の水曜日)、二週間かけて作成された警察の事故調査報告書を警察署で受け取り、死亡証明書を添付して彼の妻に郵送しました。それにより、彼女は保険金を受け取ることができるでしょう。そのとき、警察署で、今後ダニーの件で更なる調査を家族が望むのなら、警察としては対応するが、と尋ねられたので、私は彼の妻の電話番号を教え、彼女に尋ねてほしいと話しておきました。
その後、彼女は私にe-mailで、私が彼の死に関してだれが、どうして彼を殺害したかについては、もう悩む必要はない。その理由は、すでに自分たちが犯人を呪う儀式を行ったからだと言ってきました。

呪いとダニーの死

ダニーの兄弟から聞いた話ですが、彼の妻はイゴロット(Igorot)部族の出で、彼女の家族はブードゥー教(voodoo、西インド諸島などで信奉されているアフリカ起源の一種の魔教)信奉者で、その儀式を実践し、彼らの文化には神が存在しないとのことです。
その後も、彼の妻は私にたてつづけにe-mailsを送ってきました。それには「ダニーがどんなに悪い夫であったか、福音宣教のミニストリーに携わるようになってから、以前に比べ、身なりも良くなり、パスポートや身分証明書も所持するようになり、人間としての水準が上がった等々…」書かれてありました。
パスポートも身分証明書も、フィリピン国民であれば要件を満たせばだれでも取得できるものですが……。私には、彼女や周りの人たちが、私に、ダニーの生前の悪行を訴え、彼の死が彼にとって当然の結果であるかのように思わせようとしているように思えました。
言うまでもなく、私はそのことについて一心に主に祈りました。もし彼らが何らかの悪だくみを考えているのであれば、私やミニストリーに影響を及ぼすことがないようにと。

異教の文化で正当化される殺人

ちなみに、イゴロット部族の文化について調べてみました。彼らの文化では、もし彼らが亡くなった親戚の者や愛する者の死について「泣くな」と言うなら、それは、彼らがその死の原因となったことを意味します。そういえば、葬儀の際、ダニーの兄弟や子どもたちが泣いていたとき、彼の妻と彼女の親戚の者たちはダニーの兄弟たちに「泣くな」と言ったという話を思い出しました。さらに彼らの文化では、彼らの家族、親戚、部族の間で、だれか、たとえ家族の一員であれ、を殺害することに合意が得られた場合、彼らは実行に移すのです。ましてその「だれか」がイゴロット部族でなければ、彼らの行為はなおさら正当化されるのです。ダニーはアブラ出身のマバカ(Mabaka)部族で、彼らとは異部族です。

すべてを支配しておられる、『聖書』にご自身を啓示された真の神

敵はダニーの生命を奪ったと思ったことでしょうが、しかし、私が蛇の夢を見たように、ダニーの魂を救うために、彼が死ぬことを許されたのは神ご自身だったのです。私は神さまの憐みと救いに感謝し、神さまをほめたたえます。
また皆さまのお祈り、励ましにより、日増しに私は強められています。感謝を申しあげます。どうかダニーのような助け手が与えられますよう引き続きお祈りください。
ダニーがいなくなった今、私は自身で非常に多くの手作業をしなければなりません。確かに大変ですが、近隣の人々が私を助けてくださっていますので、大きな感謝です。

再度、皆さまに感謝をいたします。そして引き続き励ましのお祈りをしていただきますよう、お願いいたします。エペソ人3章20節に記されているように、
「私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方」
に、「アーメン(その通りです)!」を唱えます。
                
苦しみの中で神さまの慰めをいただきながら
メアリ― ジェイン

メアリー・ジェインの手紙 : 2015年2月10日、11日

主よ、与えてください!危険をおして福音宣教に踏み切る勇気を

2015年2月10日
フルダミニストリーの皆さま

e-mailをありがとうございました。
この日曜日、私は教会で主に泣きながら祈りました。
「私はダニーに、神の言葉を定期的に(弟子に対するように)教えず、彼に教会に行くようにとも言わなかったので、ダニーを十分に霊的に導いてきたとはいえませんでした」と。
しかし、今日、神さまは私に「教会に行くからではなく、神との一対一の関係において、救いがもたらされる」と語られ、私を励ましてくださいました。

今、ダニーが私に「あなたはどうしてそんなに親切で、ぼくに憐みをかけてくれるの?」と聞いたことを思い出しています。私は、「英国にいたとき、私はフルダミニストリーの皆さまに、私自身の肉親以上に本当に親切にしていただいたの」と答え、彼に主にある兄弟姉妹の交わりの素晴らしさを証ししました。あなたがたが私にしてくださったように、今度は私が(主が私のところに導いてくださった)人々に対して、親切にしているのです。私は本当に神と皆さまに感謝申しあげます。

アブラ(Abra)行きについては、来週か、二月の終わりにしようと思ったのですが、私の両親(特に母親)、親戚、何人かの友人が「行かないほうがよい」と言っています。それは、だれがダニーを殺害したのか分らないので危険であることと、犯人たちはダニーが私のもとでミニストリーに従事していたことを知っているので、私を誘拐して身代金を要求するかもしれないという、理由によってです。
私の母は、私が伝道に出かけると、たいてい何かの問題が起きるとさえ言っています。このようなときには、私は「悪魔の攻撃を避けることはできないが、もっと大いなる方が私たちの内に住んでおられるので、私たちは打ち勝つことができる」と、答えています。
あの事件以来、私の父、母、兄弟、親戚の者たちが、まるで宣教に対する迫害者でもあるかのように、警告、忠告をするようになっているので、どうにもやりきれない思いになることがあります。私の友人の牧師も皆の意見を尊重したらどうかと言っています。
皆さま、どうか彼らの意見が変わるようにお祈り下さい。私は、おそらく私以上に悲しんでいるアブラの人々と今、福音を共有したいのです。どうかお祈りください。
                  
多くの愛をこめて   
メアリージェイン
「子どもたちよ。あなたがたは神から出た者です。そして彼らに勝ったのです。あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるからです」(ヨハネ第一4:4)

2015年2月11日

フルダミニストリーの皆さま

私はサパル(Sap-al)への伝道旅行について祈っています。
サパルはダニーの生まれ故郷です。
キュバオ(Cubao)からアブラまで八~十時間バスに揺られ、さらにアブラからラクブ(Lacub)までJeepny(小型乗り合いバス)で六時間、それから徒歩で六~七時間かけて、ようやくサパルに到着です。
(アブラにある)ブネグ(Buneg)にはダニーの長兄が住んでいて、私は娘とともに2013年6月に訪問しました。この計画実行については、いろいろ考え、今月ではなく三月の最初の週にしようと思っています。どうかこの旅行について、お祈りください。

今回の宣教ミニストリーの課題は次のとおりです。
1.    ダニーのお母さん、ダニーの兄弟たちを主に導くこと。イエスキリストを通してのみ、救いが彼らにあること(神の救い)をしっかりと確信してもらうこと。
2.    ダニーの兄弟のだれかが伝道所、農園の仕事を手伝ってくれることになること(主がミニストリーの同労者を与えてくださること)。
3.    私の末の弟が二晩続けて見た「夢」を皆さんに伝え、その意味(解き明かし)を分かち合うこと
その夢とは、ダニーがエジプトの王子か兵士のような衣類を着て(上半身裸に、金の縁取りをした薄い褐色の布を腰に巻いたいで立ちで)、霧がかかった陽光のさした緑の野を背景に、弟に「大丈夫!彼らをそのままにしておけ。私はここでハッピー(幸せ)だ」と語ったというものでした。ダニーはそれを二回、二晩続きの夢の中で話したのでした。
この夢は、私にとって、あなたのe-mail、「主がダニーの生命が奪われるのを許された…たとえ、どんなに大きな犠牲があなた(メアリージェイン)と彼の家族にふりかかろうとも…主はそのような悲劇を許された…それは、彼の魂を救うにはそれ以外の方法がなかったので…」(主のダニーに対する永遠の生命の確証、および彼の家族への慰め)を再度、確認したかたちになりました。

皆さま、どうか神の導きと私のためにお祈りくださいますようお願いいたします。

多くの愛をこめて
メアリージェイン

あとがき

残されたダニーの遺族に対する愛と、福音を分かち合いたいとの強い思いから、恐れが一掃されたメアリー・ジェーンは今、三月の宣教旅行に向けて、主のご介入を祈り求めています。ダニーの故郷サパルは、まだだれも福音宣教に行ったことのない奥地です。「生命」を与える神の言葉を携えて、奥地に向かうメアリー・ジェーンの健康が支えられますように、主の大いなるわざが行われますように、皆さまも、どうぞお祈りください。
「愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています…神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです…だれでも、イエスを神の御子と告白するなら、神はその人のうちにおられ、その人も神のうちにいます…愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します… 神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています」(ヨハネ第一4:7-21)

メアリー・ジェインの手紙 : 2015年2月5日、6日、7日

親愛なるフルダミニストリーの皆さま

2015年2月5日

e-mailをありがとうございます。
今日は私の母のオフィスで過ごしました。ダニーの死は「神さまの定めのとき」であったということを思い起こすことができるように、あなたがe-mailsで書いてくださったことをノートに書き写しています。霊において、あなたが私といっしょにいてくださることを本当に感謝して、涙ながらにこのe-mailを打っています。
神さまが私に示されたビジョンは一体、何であったのかと考えながら、この数日、孤独感にさいなまれて過ごしてきました。友人の中には、今、私がしていること(貧しい少数民族への伝道)は、私にとってあまりにも負担が大きいので、きっと神さまは何か別のことをしなさいと言っておられるのだと、助言する人もいます。しかし、友人の多くは、あの場所、ブラカンで「主」が始められた仕事(伝道所、農園)を続けるべきだと言います。

ふり返ってみますと、2004年にヘレンとアーデナの協力を得て、伝道所を開設しましたが、アーデナは2013年10月に天に召され、その後、2005~2006年に私の祖母と私の娘が加わり、伝道所でのミニストリーに携わってきましたが、その祖母も2009年に亡くなりました。そして今回はダニーが召され……私は主に対して「なぜ?」と問うています。しかし主の御心を推し量ることはできません。
今朝、ダニーの兄弟から電話がありました。彼は「ダニーの妻は、警察からその後の捜査結果を聞いているだろうか?」と聞いてきました。私が「そんな様子はない」と答えると、彼の兄弟は「そんなことってあるだろうか。私たち兄弟にあんなにもよくしてくれた兄がそんな扱いを受けているなんて。兄の正義はどうなるのか?」と言って泣きだし、私たちは泣きながら正義が示されるように神に祈ったのでした。
私はこのフィリピンでは正義を求めることが不可能であることを知っています。しかし神がダニーの死に対して復讐をされることでしょう。

復讐は神のなさること

「復讐と報いとは、わたしのもの…」申命記32:35
「『悪に報いてやろう』と言ってはならない。主を待ち望め。主があなたを救われる」箴言20:22
「愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。『復讐は私のすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。』」ローマ人12:19
私はダニーに会う前から、彼の兄弟たちを知っているので、いかに彼らがアブラで貧しい生活をしているかが分っています。私の弟が「もしダニーが銃を持っていたら、その犯人たちと、生命をかけて抗戦することができたのに」と言ったのを聞いて、私は再び泣きました。
しかし、私にe-mailで送られてきたあなたの言葉:「主はダニーの将来をご存じでしたから、恐らく、彼の将来がさらに悪くなることをご存じだったので、主は不公平なこの世から彼を慈悲深くも取り去られたのです。今はパラダイスでダニーは主とともにあなたとあなたのミニストリーそして主の愛する人たちのために、執り成しの祈りをしていると信じます。主はダニーを彼の一番良いときに召されたと信じます」、あなたのこれらの言葉は、私の慰めとなり、「私が彼に高速道路のバス停まで送ってほしいと言わなければ、彼は撃たれることはなかっただろうに」(これはダニーの義兄も言っていたことです)という、私の心を責め続けていた自責の念から私を解放してくれました。

どうか引き続きお祈りくださるとともに、e-mailsで私を励ましてくださるように、お願いいたします。
ダニーの死からまだ十二日しか経っていません。今の孤独感を思うと、次のステップに進めない気がしています。 
  
まだ悲しみの中にあって   
メアリー ジェイン

2015年2月6日

早速私のe-mailに応えてくださり、私を励ましていただいたことに感謝します。
あなたが示してくださったヘブル語(旧約)聖書の詩篇42-43篇を読みました。
この詩篇の聖句は大変時宜を得たものでした。というのは、昨晩と一昨晩、ダニーの妻が電話をかけて要求してきたことで、私はずいぶん滅入ってしまっていたからです。

また、1月25日、ダニーの義兄たちと彼らの妹が、彼の遺体を引き取りに来たとき、彼らのうちの幾人かが「もし彼がミニストリーの手伝いをしていなければ、死ぬことはなかったのに…」と言うのを私は聞きました。葬儀が済んで以来、彼らはあの事件に関して私を責めているようですが、私は詩篇第10篇11~16節、次に、第43篇1節を読み「彼らにそう思わせておけばよい、この詩篇の言葉が私のために彼らと戦ってくださる」と思うようになりました。

夢で見たあの半身が蛇の女性についてはダニーに話しましたが、私の霊と心で判断して、私なりに解釈したことは彼には言いませんでした。
あの夢の中で、私は「蛇(サタン)よ、ダニーから出て行け!」とは祈ったものの、「あの夢が決してダニーに危害を与えることがないように!」と、注意深くは祈りませんでした。しかし、「神さまがダニーの魂を救うために、彼を召された」というあなたのe-mailの言葉は、いつも私を慰め、実に私の心の癒しとなっています。ですからその言葉を壁に書いて、私自身をこれ以上責めないようにしたいと思います。

再度、お礼を申し上げるとともに、引き続きお祈りくださるようにお願い致します。私は「主が、ダニーを彼の最良のときに、召された」ことについて、あなたがe-mail でいろいろ示してくださったことをマバカ部族語に翻訳して、気落ちして落ち込んでいる彼の兄弟、親戚の人たちを励ましたいと考えています。
ダニーは、彼らによれば、彼らの家を建てるときや、人手のいる仕事、農作業時に一生懸命働き、いつも食料、衣類、お金などを彼らと分かち合っていたそうです。私はこの二月の最後の週に、彼らが住むアブラ(Abra)のブネグ(Buneg)、そしてサパル(Sap-al)を訪問し、彼らと交わりのときを持ち、残されたダニーの親族の皆さんを神さまに導きたいと思っています。どうかその計画についてもお祈りください。
私は皆さまのお祈りとe-mailsを通して、少しずつ力づけられています。

主の言葉に慰められ、多くの愛をこめて
メアリー ジェイン

2015年2月7日

アブラにいるダニーのお母さんとダニーの兄弟たちを訪問することについてお祈りください。彼らとは2001年以降、連絡を取り合っています。私は彼らを励まし、主に導きたいと思っています。
その折にはダニーの写真とビデオ、遅ればせながらクリスマスプレゼントを持参するつもりです。このプレゼントは昨年のクリスマスのとき用意したものです。残念ながら彼は昨年の12月、私といっしょにアブラには行かず、その代わり、クリスマスに彼の妻と子どもたちが住むアウロラに行ったのです。ですから、彼のクリスマス休暇中、私は伝道所に詰めていました。

再び皆さまのお祈りに感謝を申し上げます。
私は主の御名において強くならねばと思います。やらなければならない仕事が山ほどありますから…

皆さまのお祈りと数々のe-mailsによって力強くされて
メアリー ジェイン

危機にあって、神を唯一の「避け所」としたダビデ王

「あなたは、私のさすらいをしるしておられます。どうか私の涙を、あなたの皮袋にたくわえてください。それはあなたの書には、ないのでしょうか。
それで、私が呼ばわる日に、私の敵は退きます。神が私の味方であることを私は知っています。
神にあって、私はみことばをほめたたえます。主にあって、私はみことばをほめたたえます。
私は、神に信頼しています。それゆえ、恐れません。人が、私に何をなしえましょう。」
詩篇56:8-11
サウル王の支配下、イスラエルの地からペリシテ人の町ガテへ逃げたダビデ。捕らえられ、生命が危ぶまれたとき助けを求めて祈ったのがこの詩篇。
主が、人のすべての歩みをご存知であると確信していたダビデ。
天に記録の書、―「あなたの皮袋」― を持っておられるに違いない神に、そこに自分の窮状を書きしるし、そのことを覚えて答えてくださいと、哀願。

ガテの王の前で気の違ったふりをして身を守ろうとしたダビデを神は憐れみ、ダビデの祈りに答え、ダビデは解放されたのでした。

決断

今、メアリー・ジェーンは選択に迫られています。
彼女は、今月最後の週、一日かけてダニーの郷里サパルをはじめ、ブネグ、アブラへ行き、ダニーのお母さんと兄弟たちを訪ね、福音を語ることにしています。
しかし、彼女の両親、親戚、友人たち、知り合いの牧師たちは、ダニーの殺害者がだれか分からないので、危険(誘拐され、身代金が請求されるなど)だから行ってはいけないと、警告しています。


彼女自身は、主に目を向けたことにより、
不合理な恐れから完全に解放され、燃える思いで、特に、内なる霊が燃えている今、福音宣教に行き、ダニーの遺族の魂を救いたいと、強く願っています。特に、失意のどん底にある、ダニーのお母さんに慰みと励ましの言葉を、御言葉を通して語りたいと、深い愛の思いに強く促されています。
ダビデを通して働かれた神が、メアリー・ジェーンにも力強く望んでくださるように、彼女の決断を主が祝して、みわざを顕してくださいますように、お祈りください。

メアリー・ジェインの手紙 : 2015年2月3日、4日

ダニーをしのんで

2015年2月3日
親愛なるフルダミニストリーの皆さま

伝道所があるブラカン(Bulacan)から帰って、今ノバリッチズ(Novaliches)にある、私の母のところに滞在しています。以下、その後の報告をいたします。
1月29日の夜、ダニーの兄妹、それに彼のおじ、めい、いとこの合わせて十人が私の母の家で泊まり、翌日の朝、皆で、ブラカンの伝道所と農園に行き、ダニーのための祈りと賛美を捧げました。

ダニーがいかに伝道所、農園の仕事、―井戸、有機ガスタンクの設置、豚小屋、nipa hut(ニパ 小屋)の建設、農園計画など― に献身したかを皆に見てもらい、近所の人々にも、ダニーの親族を紹介しました。彼らは一日をそこで過ごし、夕方、アブラ(Abra)に帰りました。その日、彼らは私に、ダニーのここに来る前の私生活について話してくれました。
それは次のようなものでした。
「彼と妻の間は長年うまくいっておらず、特に金銭面でトラブルがあり、妻は四人の子どもたちの養育のため、彼にお金を稼ぐように、プレッシャーをかけていた。彼は、2008~2009年、小さな鉱山で働くなど、いろいろな仕事をしてきたが、2013年には、彼の妻は子どもたちを連れて家を出、彼女の田舎に帰った。妻の兄弟、家族は彼のことを虫けらのようにみなしていた。」
そのようなとき、2013年6月、アブラにいたダニーは彼の二人の甥とともに私たちの農園で働くようになったのです。彼が私たちといっしょに働いた二年弱の間に、彼は運転免許証およびパスポートの取得をし、銀行口座の開設もしました。
昨年のクリスマスに休暇をとって田舎に帰ったとき、彼は妻の兄弟(彼の悪口をさんざん言っていた)にパスポート、運転免許証などを誇らしげに見せたそうです。
しかし、この1月2日に伝道所に戻ってきたとき、彼は何か神経がピリピリした感じで、いつも考えこんでいたり、天を仰ぎ、深いため息をついたりしていました。私や、私の父、叔母が「何かあったの?」と聞いても彼は何も打ち明けませんでした。

この2月1日、近所の人々に集まってもらい、私たちは伝道所で再び、祈りと賛美をささげました。そのとき、私たちは生前のダニーについて語り合いました。私たちが話したことは次のようなことです。
近所の人たちは「彼はちょっとした雑用でも本当によく引き受けてくれた。後から考えると、あたかも彼の好意が後々までも想いだされるように、そのことが彼の遺産として残るようにと、心づもりしていたかのように思われる。でも彼は何か、ことを急いでるようだった」と話してくれました。
また1月12日(ダニーの誕生日)、叔母がダニーの誕生祝いの料理を作っているときのことでした。ダニーはふと「もうあと二、三日だ」とつぶやくように言ったのです。叔母はすかさず、「何が二、三日?」と聞き返しましたが、彼は何も答えませんでした。
またダニーは、彼の親友と甥に、こんなことも言ったそうです。「もしぼく(ダニー)がいなくなるようなことがあれば、メアリー・ジェインがかわいそうだな」と。そのようなことを言うダニーを、彼らは何か変だと思ったのでした。
私自身、1月18日に、奇怪な夢を見ました(今でもよく覚えています)。
それは、ダニーが半身裸で横たわり、そばに半身がへびのような黒髪で短髪の女性がいて、彼女は私に向かってみだらな、不気味な笑いをうかべて、彼の後ろに回ったのです。
私は即座に、イエス・キリストの名において祈り、「悪魔よ、ダニーから出て行け!」と
二、三回叫んだところで、目が覚めたのです。
私はダニーに、その夢のことを話して「女性かだれかを傷つけたことはない?」と尋ねました。彼は「だれもいない」と答え、彼自身も、自分の生活が山奥の中にいるような困難な状況にある夢を見たと、話しました。
そこで私は彼に、主に赦しを請い、その夢について祈るようにと勧めました。
以上が、私がダニーの親族や友たちと分かち合った事がらです。

2月2日、私は農園に行って、豚のえさやり、野菜の水やりや、やぎを外に出したりなどの作業を、叔母、隣人のテレサ、アシたちの助けを借りて、まさに奮闘しながらやりました。ダニーがいなくなったということが、いかに大きな損失であるかを、改めて実感させられました。ダニーの助手であった二人の少年は、ショックと恐怖で戻ってきていません。

目撃者の話によれば、ダニーが撃たれたとき、彼はオートバイを何とか止め、助けを求め立ち上がろうとし、そのまま力なくくずおれてしまったのでした。救急隊が来たときにはもう彼の息はなかったとのことです。本当に悲劇でした。
だれが、何の理由で彼を撃ったのか、果たして彼だけが標的だったのだろうか?と、思いを巡らすにつけ、今でも私の胸は刺し通されたかのようにずきずき痛みます。そして殺人者が戻ってきて、伝道所にいる私たちを狙うのではないかと、考えたりします。
私の家族と隣人は、次は何が起こるか分からないので、できるだけ伝道所に近づかないほうがよいとも言い、隣人の間にも恐怖と困惑が広がり、多くの憶測話が飛び交っています。
警察は、「フィリピンには正義公道がない」と言っていますので、この事件も闇のなかに葬られることになると思います。過去、政治家が暗殺されたときも同様でした。

私は、今、何をなすべきか、わからない状態です。
私は、ダニーの弟や妹たちに農園を手伝って欲しいと話しましたが、彼らは子どもたちの世話で手が放せないと言います。農園での働き手について、皆さま、どうか祈ってください。

私は昨日と、今日の朝、土壌と野菜に塩をまきながら農園、伝道所が続けられるようにと祈りました。「塩」は、神がブラカン(Bulacan)で伝道所、農園を始められ、維持されるという象徴です。私は重い心で、伝道所、農園の仕事をしながら(これは、ダニーが毎日、やってくれていたことです)、神に祈り泣き叫びました。
ダニーの助手二人が怖れとショックで再びこの農園に戻って仕事をするかどうか分らない現状もあわせ、私は今、無援、孤独で気分が落ち込んでいます。
どうか私のためにお祈りください。

まだ悲しみの中にあって      メアリー ジェイン

追伸:

言い忘れましたが、私の両親と隣人は、安全のため伝道所に寝どまりするのをやめたほうがよいと言っていますので、現在、隣人が農園と伝道所の世話をしてくれています。ダニーは妻と子どもたちとのトラブルについては全く私に語りませんでした。ミニストリーからの彼の毎月の給料すべてを家族に送るとだけ言っていました。
アブラ(Abra)での彼らの生活がどんなに困難で貧しいものであるかを私は知っています。私は、彼の田舎、サパル(Sap-al)には行ったことがありません。アブラには何度も行きましたが、サパルとは違います。

アブラの中心都市バングエド(Bangued)は、ケソンシティー(首都マニラ北東部にある隣接都市)からバスで八~十時間のところにあり、そこからjeepney(小型乗合バス)に揺られること六時間、ラクブ(Lacub)まで行き、そこからさらに徒歩で二時間かけてやっとブネグ(Buneg)。そこには、ダニーの兄が住み、部族のキリスト教会があります。そこからさらに徒歩で六時間かけて、ようやく彼の故郷サパルにたどり着くのです。 
ダニーともう二年近く会っていない彼の母親はそのような遠方におり、歩けないので、彼の葬儀に出席することができず、ダニーの死を非常にいたみ悲しんだとのことです。また彼の親族の話によれば、1月28日の朝の葬儀のとき、彼らは遺体となったダニーの目から、涙がこぼれ落ちるのを見たというのです。

ダニーは、2013年6月にアブラを去ってから、兄弟たちに一度も会っていませんでした。それを聞いて、私の胸は突き刺されたように痛みました。
2013年の6月中旬にダニーが農園を手伝ってくれるようになってから、私は、休暇を取って兄妹、親族の者たちを訪ねるようにと、ダニーに勧めていましたが、ダニーは、娘たちをはるかに愛していました。去年、ダニーはアウロラ(Aurora)の娘たちのところへは二度戻ったのでした。

私は、ダニーがいかに娘たちを愛していたかを知っていました。ですから、彼は彼女たちには学校を卒業させたいと常々言っていました。ただ彼の妻のことについては、ダニーは一言も口にしませんでした。今、私は、ダニーが私に話してくれたこと、知らせてくれたことを一つひとつ思い出しています。
どうか落ち込んでいる私のために神の導きをお祈り下さい。

愛をこめて    メアリー ジェイン

2015年2月4日

今日は丸1日、ノバリッチズ(Novaliches)の母の家で過ごしました。
両親と隣人は私が伝道所に滞在することを望んでいません。その理由は、あのダニーを撃った犯人は、彼が射殺される数分前に私が彼といっしょだったことを見ているので、次は私を襲うかもしれないと、皆、心配しているからです。
ダニーは人違いで撃たれたに違いないという者もいれば、いや、単なる路上のオートバイ同士の喧嘩だという者もおり、あるいは、彼のパスポート、免許証などを見て羨ましく思って襲ったに違いないという者もおりで、それぞれ、いろいろなことを言うので私は考えこんでしまいます。

1月29日、2月1日の伝道所での集会、―ダニーの親族の訪問― は問題なく、終えることができました。しかし、その後も周りの人たちは、まだ犯人が捕まらず、襲撃の理由も不明なので、伝道所にいる私たちを殺しにやってくるかもしれないと、私たちに話すので、ただでさえショックの中にいるのに、余計、気が落ちこんでいます。

ああ、皆さま、どうか私が恐怖と落胆、そしてこの悲劇に立ち向かう力を神さまが与えてくださるようにと、また私をただ利用するだけではない真の良き働き手を送ってくださるようにと、お祈りください。
ダニーが伝道所で働くようになる前、デュマガットの家族が私と一緒にここに住んだことがあります。2012年に、彼らの息子が私の支援のもと大学を卒業しました。しかしその七年間、特にミニストリーの進展は何もありませんでした。私が、隣人の井戸から水を汲んだり、雑草を手作業で取ったりして、大部分の時間を費やしていたのでした。その間、デュマガットの家族は私の援助をあてにするだけの生活で、私としてもそれしかやりようがなかったのです。
しかし、今では、すでに伝道所、農園には進展がみられます。ダニーが亡くなったいま、私には神さまが次に何をされるおつもりなのか、分かりません。しかし私は、神さまに信頼を置くことを学んできました。

私はまだこのショックと悲しみから抜け出すことができないでいます。あの事件が起きたのはつい最近のことで、それゆえ、ダニーが死んで横たわっている光景が私の脳裏から離れないのです。どうか敵の攻撃に対してお祈りください。
ここにはいっしょに親密に私と祈ってくれる人がいません。私の祈りの友は皆さまがたとフィリピンの他の地方にいる友たちです。私は娘とともに祈っています。

私は2月11日~14日まで伝道所に滞在する予定です。どうかお祈り下さい。
私はあなたが送ってくださったe-mailで引き続き励まされています。
「彼の死がどんなに私たちにとって大きな損失であろうとも、そのことを許されたのは神さまで、ダニーの魂を救うためだったのです…」
この言葉やその他のあなたからのe-mailsで、私の気持ちは楽になりました。私も周りの人たちも、ただ恐れを抱くのではなく、私は、この励ましの言葉を私の周りの人たちにも理解してもらおうと思っています。どうか私のためにお祈りください。
           
まだ私は悲しみの中にいますがそれでも多くの愛をこめて
メアリー ジェイン

#232: DOOMSDAY CLOCK OR GOD'S CLOCK: WHICH DO YOU BELIEVE?

Which do you believe; Doomsday Clock or God’s Clock?

There are well grounded reasons why bible believing people needn’t be shaken by or be fearful of pending catastrophes; financial crashes, physical cataclysms, climate change and so on. In contrast, doomsdayism would warn us of the severity of these pending disasters, cause fear in our mind and would urge us to make preparations for such times now; for example with a “survival” kit and food…

1 God is our refuge and strength,
    an ever-present help in trouble.
2 Therefore we will not fear, though the earth give way
    and the mountains fall into the heart of the sea,
3 though its waters roar and foam
    and the mountains quake with their surging.
4 There is a river whose streams make glad the city of
  God, the holy place where the Most High dwells.
5 God is within her, she will not fall;
    God will help her at break of day.
6 Nations are in uproar, kingdoms fall;
    he lifts his voice, the earth melts.
7 The LORD Almighty is with us;
    the God of Jacob is our fortress.
8 Come and see what the LORD has done,
    the desolations he has brought on the earth.
9 He makes wars cease
    to the ends of the earth.
He breaks the bow and shatters the spear;
    he burns the shields with fire.
10 He says, ‘Be still, and know that I am God;
    I will be exalted among the nations,
    I will be exalted in the earth.’
11 The LORD Almighty is with us;
    the God of Jacob is our fortress.       
PSALM 46.

The following headlines caught my eyes recently. Press release: It is now 3 minutes to midnight, CLIMATE CHANGE AND NUCLEAR TENSIONS, PUSH DOOMSDAY CLOCK HANDS FORWARD “Extraordinary and Undeniable” Climate, Weapons Threats Cited for Movement; Doomsday Clock Adjustment is 1st in 3 Years and is Accompanied by Urgent Call for Action. WASHINGTON, D.C. – January 22, 2015.

The opening paragraph of the statement from the Board reads as follows: “In 2015, unchecked climate change, global nuclear weapons modernizations, and outsized nuclear weapons arsenals pose extraordinary and undeniable threats to the continued existence of humanity, and world leaders have failed to act with the speed or on the scale required to protect citizens from potential catastrophe. These failures of political leadership endanger every person on Earth.”

According to the Bulletin, the last time the Doomsday Clock minute hand moved was in January 2012, when the Clock’s minute hand was pushed ahead one minute from six to five minutes before midnight.  Since its creation in 1947, the Doomsday Clock has been adjusted only 18 times, ranging from two minutes before midnight in 1953 to 17 minutes before midnight in 1991.  The last time the Doomsday Clock was at three minutes to midnight was 1983, when “U.S.-Soviet relations were at their iciest”.

In unveiling the change to the Doomsday Clock, Sharon Squassoni, a member of the Science and Security Board, Bulletin of Atomic Scientists, and director and senior fellow at the Proliferation Prevention Program, Center for Strategic and International Studies, said: 
'Since the end of the Cold War, there has been cautious optimism about the ability of nuclear weapon states to keep the nuclear arms race in check and to walk back slowly from the precipice of nuclear destruction.  That optimism has essentially evaporated in the face of two trends: sweeping nuclear weapons modernization programs and a disarmament machinery that has ground to a halt. Although the United States and Russia no longer have the tens of thousands of nuclear weapons they had during the Cold War, the pace of reduction has slowed dramatically in recent years, well before the crisis in Crimea.   From 2009 to 2013, the Obama administration cut only 309 warheads from the stockpile'.
Richard Somerville, a member of the Science and Security Board, Bulletin of the Atomic Scientists, and a distinguished professor emeritus and research professor at Scripps Institution of Oceanography, University of California, San Diego, said:  
‘Efforts at reducing global emissions of heat-trapping gases have so far been entirely insufficient to prevent unacceptable climate disruption. Unless much greater emissions reductions occur very soon, the countries of the world will have emitted enough carbon dioxide and other greenhouse gases by the end of this century to profoundly transform the Earth's climate. The resulting climate change will harm millions of people and will threaten many key ecological systems on which civilization relies … We call upon world leaders to take coordinated and rapid action to drastically reduce global emissions of heat-trapping gases, especially carbon dioxide. We also urge the citizens of the world to demand action from their leaders. This threat looms over all of humanity. We all need to respond now, while there is still time’.
The final paragraph of the statement from the Board warns: ‘In 2015, with the Clock hand moved forward to three minutes to midnight, the board feels compelled to add, with a sense of great urgency: “The probability of global catastrophe is very high, and the actions needed to reduce the risks of disaster must be taken very soon”’ (http://thebulletin.org/press-release/press-release-it-now-3-minutes-midnight7950).

The article above warns us of the high probability of a global catastrophe, because of current insufficient efforts to prevent warming of earth and the setback of efforts to reduce world nuclear arsenals and of the disarmament process. Scientists and climatologists believe that insufficient action to slash worldwide emissions of greenhouse gases can produce global climactic catastrophe. A number of decades ago, the main threat was felt to be “global cooling”, i.e., the coming of a new ice age rather than “global warming”. 
Today however, the more general term “climate change” is increasingly used. This ambiguity implies that emissions of greenhouse gases are damaging the environment but their real effects are uncertain. Scientists unanimously recognise the fact that the earth has gone through significant climate changes in her long history, and that they were caused by nature rather than human activity. Nevertheless, today they seem to be convinced that the primary cause of climate change is attributed to human activity as the article above shows.

How can we seriously take their arguments and warnings from a biblical view point?
It seems that there are 2 different motives behind this conviction, apart from genuine conclusions from data analysis. One is the “climate change mindset” with a sort of religious fervour. There seem to be many environmentalists who are so obsessed with their goal of protecting “Mother Earth” that they will support whatever arguments effective to achieve it. The other is the “climate change mentality” for financial gain, supporters of which are those who are in advantageous position to be able to get financial gain from green laws and technologies. Not necessarily everyone who promotes the theory of climate change seems to stand on a well-informed foundation and pure motives. In other words, despite such a stern warning from the Board of Bulletin of Atomic Scientists, their opinions should be examined with skeptical and critical eyes as well as respectful hearts. 
In passing, according to its profile, the organisation was founded in 1945 by University of Chicago scientists and it subsequently created the Doomsday Clock in 1947, using the imagery of the apocalypse (midnight) and the contemporary idiom of nuclear explosion (countdown to zero), to convey the level of threat to humanity and the planet. The decision to move the minute hand of the Doomsday Clock is made by the Bulletin's Board of Directors in consultation with its Board of Sponsors, which includes 17 Nobel Laureates. The Clock has become a universally recognized indicator of the world's vulnerability to catastrophe from nuclear weapons, climate change, and emerging technologies in the life sciences.

Then what does the Bible teach about climate change? The Bible predicts that the world will get worse until the wrath of God falls on earth, which would be caused by natural disasters as well as man-caused disasters in the end of times. However, there is no specific mention of a threat of climate change caused by greenhouse gas emissions. Although much effort and concern with environmental quality improvement should undoubtedly be made on man’s side, the Bible does not impose a responsibility of saving the planet on man at all. 
No matter how serious climate change may be, what the Bible proclaims is that God is sovereign and in control over the earth to the end, when the present heaven and earth will be replaced with New Heavens and New Earth. As long as God, who created the universe desires so, the earth will continue to be safe for man to inhabit. God Himself has assured us of this and His promise will never be broken: 
‘This is what the LORD says, he who appoints the sun to shine by day, who decrees the moon and stars to shine by night, who stirs up the sea so that its waves roar – the LORD Almighty is his name: “Only if these decrees vanish from my sight,” declares the LORD, “will Israel ever cease being a nation before me.”’ (Je.31:35-36).
There are many passages in Scripture which proclaim God’s sovereignty over the earth. The verses from Psalm 46 quoted at the beginning are one of them. This splendid psalm depicts troubled earth and troubled life on it in the first paragraph; vs.1-3. Psalmists, Korah and David believed that the land and the sea were created and continually being controlled by God. Even witnessing fearful earthquakes, floods, landslides or else, they boldly proclaimed: ‘we will not fear’, because ‘God is our refuge and strength, an ever-present help in trouble.’ 
Although our generation may have a much better understanding of how the natural world works compared to the Old Testament people, only more fears and worries have been put into our hearts. The concept of nuclear winter, global cooling/warming have created more fear, and no doubt there will be an increasing number of threats created out of the roaring and quaking earth. However if we remain in God’s Word, we will be able to stand in the same confidence as the psalmists had.
   
The second paragraph; vs.4-7, depicts a troubled city and troubled faith community. The turmoils of the previous paragraph also echo the uproar of nations and the collapse of kingdoms, which may represent a flood of materialism and persecution upon God’s people. However, no matter what happens upon God’s city and His people they won’t be shaken because the believers in the Lord can envision the bright future beyond now: 
‘But you have come to Mount Zion, to the city of the living God, the heavenly Jerusalem. You have come to thousands upon thousands of angels in joyful assembly, 23 to the church of the firstborn, whose names are written in heaven. You have come to God, the Judge of all, to the spirits of the righteous made perfect, 24 to Jesus the mediator of a new covenant, and to the sprinkled blood that speaks a better word than the blood of Abel’  (He.12:22-24). 
God who created the earth can also renew it after overthrowing every evil power and things on it and ultimately recreate it into an eternal dwelling place for His people and Himself. The Lord promises to be both “with us and our fortress”. In other words, He will be within the eternal city, ‘heavenly Jerusalem’ and at the same time His people will take refuge in Him.

The third paragraph; vs.8-11 depicts troubled evil people, where all evil people such as the warmonger are in due course to find themselves in great trouble, utterly devastated. The whole earth will end wars, and the returned Lord, Christ will reign the whole world at the end of the present age. So, the psalmist calls for the believers in Him to be still and see the power of God to destroy wickedness on earth and in turn, sustain His people, who are what should remain alone.
The following excerpt from William MacDonald’s devotional ‘One Day at a Time’ is a wonderfully summarised reminder for those who believe in God’s perfect care for His creation, as long as the present aeon of earth lasts under God’s Clock.
The Bible is fairly full of tokens of God’s marvelous care for His people. During Israel’s forty-year trek through the wilderness, they ate food from heaven (Exodus 16:4), had an unfailing supply of water (1 Corinthians 10:4), and were equipped with shoes that never wore out (Deuteronomy 29:5).
It is the same in our wilderness journey. To prove this, our Lord reminds us how His care for us is so much greater than His care for birds, flowers, and animals. He speaks of sparrows, for instance. He provides their food (Matthew 6:26). Not one of them is forgotten before God (Luke 12:6). Not one falls to the ground without Him (Matthew 10:29), or, as H. A. Ironside said, “God attends the funeral of every sparrow.” The moral of the story, of course, is that we are of more value to Him than many sparrows (Matthew 10:31).
If He clothes the lilies of the field more beautifully than Solomon was ever attired, He will much more clothe us (Matthew 6:30). If He makes provision for the care of oxen, how much more will He care for our needs (1 Corinthians 9:9)!
As our High Priest, the Lord Jesus bears our names on His shoulders—the place of power (Exodus 28:9-12) and on His breast—the place of affection (Exodus 28:15-21). Also our names are engraved in the palms of His hands (Isaiah 49:16), a fact that inevitably reminds us of the nail wounds He sustained for us at Calvary.
He knows the exact number of the hairs of our head (Matthew 10:30). He numbers our tossings at night and keeps count of our tears in His book (Psalm 56:8).
Whoever touches us, touches the apple of His eye (Zechariah 2:8). No weapon formed against us can prosper (Isaiah 54:17).
Whereas the heathen carry their gods on their shoulders (Isaiah 46:7), our God carries His people (Isaiah 46:4).
When we go through the waters, the rivers, or the fire, He is with us (Isaiah 43:2). In all our afflictions, He is afflicted (Isaiah 63:9).
The One who guards us neither slumbers nor sleeps (Psalm 121:3-4). Someone has called this characteristic of God “the divine insomnia.”
The Good Shepherd who gave His life for us will not withhold any good from us (John 10:11; Psalm 84:11; Romans 8:32).
He cares for us from the beginning of the year to the end (Deuteronomy 11:12). He bears us even to old age (Isaiah 46:4). In fact He will never leave us or forsake us (Hebrews 13:5). God really cares!
(http://www.thebereancall.org/content/January-2015-extra-he-cares-for-you)

第232号 エズラ記1:1-4、4:1-5

千三百年以上も続いている「エルサレムの神殿の丘」を巡っての所有権争い、その背後の真相は?

三千年前、「モリヤの地の山の上」「アラウナの打ち場」「ダビデの町」「シオン」「ヤーウェの聖なる山」「主の家」…を買い取ったのは、イスラエルの王ダビデであった…

ペルシャ王クロスの第一年に、エレミヤにより告げられた主のことばを実現するために、主はペルシャの王クロスの霊を奮い立たせたので、王は王国中におふれを出し、文書にして言った。「ペルシャ王クロスは言う。『天の神、主は、地のすべての王国を私に賜った。この方はユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てることを私に委ねられた。あなたがた、すべて主の民に属する者はだれでも、その神がその宮とともにおられるように。その者はユダにあるエルサレムに上り、イスラエルの神、主の宮を建てるようにせよ。この方はエルサレムにおられる神である。残る者はみな、その者を援助するようにせよ。どこに寄留しているにしても…銀、金、財貨、家畜をもって援助せよ…ユダとベニヤミンの敵たちは、捕囚から帰って来た人々が、イスラエルの神、主のために神殿を建てていると聞いて、ゼルバベルと一族のかしらたちのところに近づいて来て、言った。「私たちも、あなたがたといっしょに建てたい。私たちは、あなたがたと同様、あなたがたの神を求めているのです。アッシリヤの王エサル・ハドンが、私たちをここに連れて来た時以来、私たちはあなたがたの神に、いけにえをささげてきました。」しかし、ゼルバベルとヨシュアとその地のイスラエルの一族のかしらたちは、彼らに言った。「私たちの神のために宮を建てることについて、あなたがたと私たちとは何の関係もない…私たちだけで、イスラエルの神、主のために宮を建てるつもりだ。」すると、その地の民は、建てさせまいとして、ユダの民の気力を失わせ、彼らをおどした。さらに、議官を買収して彼らに反対させ、この計画を打ちこわそうとした。このことはペルシャの王クロスの時代からペルシャ王ダリヨスの治世の時まで続いた。
エズラ記1:1-4、4:1-5

今日、エルサレムの神殿の丘には、イスラム教の岩のドームとアル・アクサモスクが建っており、管理、立ち入り、発掘を巡って、ユダヤ人とイスラム教徒との間では千三百年以上に亘る紛争が続いています。マスコミは競って、そこに起こる暴力沙汰を報道しますが、紛争の原因になっている歴史的背景については、ほとんど語りません。イスラエルとパレスチナとの紛争についても、大衆受けする情報に焦点が当てられ、先入観や偏見にとらわれない立場からの真相はほとんど語られていないようです。今月は、神殿の丘に焦点を当て、今日信憑性が歴史的、科学的にますます立証されてきている聖書、「神の言葉」に基づいて、考察することにしましょう。

聖書史が告げる真相

聖書は、今からほぼ三千年前、イスラエルの王ダビデの時代、神殿の丘がイスラエル人の所有となったことを明記しています。サムエル記第二24章と歴代誌第一21章には、ダビデ王がエブス人アラウナ(オルナン)の打ち場を金六百シェケル(6.8㎏相当)で買ったことが記されています。アラウナは、風の吹きぬける山の峠を大麦、小麦を脱穀する「打ち場」として用いていましたが、ダビデは御使いに、そこに「祭壇を築くように」と命じられたので、アラウナからその地を買い取ったのでした。ダビデの死後、ダビデの子ソロモンがここに神殿を築きましたが、この場所は、ダビデ王より千年前に、アブラハムが神の御命令に従順に従い、ひとり子イサクを捧げようとした、あの「モリヤの地」「一つの山の上」でした。我が子を捧げようとしたまさにそのとき、神のご介入で、身代わりのいけにえ、すなわち、ほふるべきいけにえの子羊が備えられたことから、アブラハムはその場所を預言的洞察で
「アドナイ・イルエ…主の山の上には備えがある」 
と呼んだのでした(創世記22章)。
  
ソロモンが建てたエルサレム第一神殿は三百七十年以上も神殿の丘に建てられていましたが、586BCEに、バビロン王ネブカデネザルによって破壊されました。その後バビロンを征服したペルシャ王クロスは、538BCEにユダヤ人に自分たちの地に帰還して神殿を再建するようにとの勅令を出し、その二年後、指導者ゼルバベルと祭司ヨシュアによって再建が始まりました。ところが敵による熾烈な再建妨害が始まり、神殿の礎を築いただけで、工事は頓挫してしまいました。
しかし、戦いは外部からの敵だけでなく、自分自身との戦いでもありました。本国帰還を許されたユダヤ人たちは、最初、廃墟と化した外壁もないエルサレムで、身を守るすべもなく、命令一下、従順に神殿再建に取りかかったのでした。しかし、彼らを待ち受けていたのは、民の捕囚期間中に現地に住むようになっていた異邦人の嫌がらせや脅しで、帰還直後から彼らの攻撃に悩まされる一方で、建築資材すら十分調達されない状態が続き、ユダヤ人の残りの者たちの最初の熱意は急速に失われ、作業は中断されたのです。

神殿再建への妨害

冒頭にその一部を引用したエズラ記の1-6章には、十六年に亘る頓挫の期間の出来事が詳細に記されています。このように、ユダヤ人に対する神殿再建反対や妨害は、今日に始まったことではなく、すでにこの時代のユダヤ人も経験したことでした。神殿の丘にユダヤ人が自らの主導権の下、神殿を建てることに、ユダヤ人ではない近隣の異邦人たちは不快感、警戒心を抱いたのです。状況を冷静に悟ったゼルバベルとユダヤ人指導者たちは、
「私たちは、あなたがたと同様、あなたがたの神を求めているのです…私たちはあなたがたの神に、いけにえをささげてきました」
と、友好と霊的一致を装って近づいてきた敵に、きっぱり
「私たちだけで、イスラエルの神、主のために宮を建てるつもりだ」
とモーセの掟に則った原則を提示し、妥協を許さなかったのでした。案の定、敵は脅しと買収の二本立てで挑み、ペルシャの王ダリヨス一世が、先代のクロス王の勅令を発見し、再び神殿再建の勅令を出すという、明らかな神のご介入があるまでは、ユダヤ人は忍耐を強いられたのでした。
神殿再建は520BCEに、預言者ハガイと預言者ゼカリヤの励ましで再開し、ついに516BCEに奉献されました。第二神殿は、第一神殿に比べれば見劣りするものでしたが、実質的には五百年以上も持ちこたえ、近隣の諸外国、列強に脅かされながらも、神殿の丘が引き続きユダヤ人の所有権下に置かれていたことは間違いありませんでした。  

ユダヤ人四散

ヘロデ大王は、19BCEに神殿域を二倍に拡大、改造し、キリストの時代、金箔で豪華に飾られたエルサレム神殿は、都の誇り高き象徴でした。しかし、66CEに、ローマの課税や圧政に苦しめられていたユダヤ人熱心党の者たちが謀反を起こし、ローマ市民に危害を加えたことのしっぺ返しに、ローマ軍は神殿を略奪、何千というユダヤ人を殺害し、その後紛争が続き、ついには70CEに、ローマの将軍タイタスによって都は神殿もろとも陥落したのです。国家、都を失ったユダヤ人は世界中に散らされ、1948年にイスラエル国家が承認されるまで、ユダヤ人は放浪の民となったのでした。

さて、363CEに、キリスト教に背を向けたローマ皇帝ユリアヌスは、政治的目的から、ユダヤ人に神殿建設の許可を与えました。このころまでに、ユダヤ教とキリスト教は完全に分裂しており、キリスト教徒は、取り壊された神殿を、キリスト教がユダヤ教にまさっていることを象徴するものと捉えていたのでした。このときは、いくつかの要因が重なって、ユダヤ人による神殿建築は実行に移されなかったのですが、610CEに、サーサーン朝ペルシャ帝国が再びユダヤ人に神殿再建の許可を与え、今度は完成するかのようでした。しかし、勢力がビザンティン帝国に移ったため完成に至らず、聖所は取り壊されたのでした。

イスラム教徒の手に

その後638CEに、モスクを建立する地を探していたイスラム教のカリフ(ムハンマドの後継者)、オマールがエルサレムを選んだことにより、神殿の丘を取り巻く情勢は一変します。イスラム教の正典『コラーン』の7章には、「遠くのモスク」への言及があり、「アル・ハラムモスクからアル・アクサモスクに夜間、そのしもべを連れていった者は高められる」と書かれていますが、これは、ムハンマドと彼の有名な「夜の旅」について語っている箇所とされているところです。書中では、アル・ハラムモスクの所在地はメッカとあるのですが、アル・アクサモスクの所在地には言及されておらず、不明です。
しかし、イスラム教の伝説では、ムハンマドの目的地はエルサレムの、しかも、神殿の丘であったとされ、預言者ムハンマドは夜、天のろば「アル・バラク(稲光の意)」に乗ってエルサレムまで行ったと、伝えられるようになったのです。女の顔をして、ももから突き出した翼のあるろばでエルサレムまで来たムハンマドは光のはしごで天に上り、そこでアラーから特別な指示を受け、また地に戻ったとされています。
しかし、彼らの主張に証拠はないのです。ムハンマドの死の二十年後に書かれた『コラーン』にはどこにも、ムハンマドの目的地がエルサレムであったとは書かれていないのに、そこに漠然と記されている「遠くのモスク」を、一体何を根拠に「エルサレム」と主張するのかに説明ができないのです。
しかし、イスラム教徒たちは、その鍵はイスラム史の口述集『ハディース』にあるといいます。なるほど、そこには、ムハンマドの夜の旅についてもっと詳しく書かれています。擬人化されたろばやその名、エルサレムの名も「遠くのモスク」として、そこには書かれています。しかし、この口述集はムハンマドの死後二百年経った九世紀まで、成文化されてはいませんでした。
何よりも大きな矛盾は、現在、神殿の丘に建っているアル・アクサモスクが建てられたのは、ムハンマドが亡くなって八十三年後の715CEで、ムハンマドが目指したはずの「遠くのモスク」はそのときには神殿の丘に建っていなかったという点です。

また、エルサレムがイスラム教にとって決して重要な聖地ではなかったことは、ムハンマドの死後、イスラム軍が最後に占領した町の一つにすぎなかったことからもうかがえます。1977年刊行の書『これがエルサレム』のイスラム教の箴言の中に、「メッカでの一つの祈りは一万の祈り、メディナでの一つの祈りは一千の祈り、エルサレムでの一つの祈りは五百の祈りに匹敵する」という句があるそうですが、エルサレムとメッカを比べるなら、エルサレムはメッカの5%の価値ということになるのです。
イスラム教の二つの最も聖なる地メッカとメディナを支配していたカリフは、記録によると、カリフ、エル・マリクのライバルでした。そこで、エル・マリクは、この政治的競争者に挑んで、691CEに岩のドームを建てたといいます。その後、アル・アクサモスクも建てられたことにより、エルサレムはイスラム教徒にとってへんぴで、さして重要ではない町だったのが、第三番目に聖なる地に昇格したのでした。

テンプル騎士団

イスラム教徒はその後さらに四百年間、神殿の丘を支配しましたが、1099CE、最初の十字軍遠征で、キリスト教徒が占領し、アル・アクサモスクの中に「キリストとソロモンの神殿の貧しい騎士団」と呼ばれた新しい聖職を開き、この聖職は後に、「テンプル騎士団」と呼ばれるようになりました。
このように、ユダヤ人で始まった神殿の丘の借地権はイスラム教徒からキリスト教徒に移り、今日に至るまで、世界で最も聖なる地に数えられる神殿の丘の所有権争いは依然として続いています。今月は、その背後の歴史を考察してみました。

イスラム教徒はいつも祈りの中で「アラー アクバル(神、あなたはもっと偉大なり)」を繰り返しています。彼らは、自分たちの神が、アブラハムの神をも含め、他のどの神々よりもはるかに優れていると信じ、全知、全能、絶対者で最大であるがゆえにご自分の掟を破ってでも、何でも望むことをすることのできる方とみなしています。昨今のイスラム国の非人道的、暴力的、傍若無人な主張には、彼らが従うこの神の性質が反映されているのです。